第5回:タスク分解術:複雑なゴールを「実行可能な小タスク」へ分割させる方法

こんばんは、斎藤です。

これまでの連載で、私たちはAIエージェントに「思考(ReAct)」を与え、「手(Function Calling)」を授け、さらに「専用の道具(ツール・エンジニアリング)」を持たせてきました。

これで準備万端……と思いきや、実際の運用で大きな壁にぶつかることがあります。

「SEOに強い、3000文字の高品質なブログ記事を1本完成させて」

このように大きなゴールを投げたとき、AIが途中で論理を破綻させたり、リサーチが不十分なまま執筆を始めてしまったりした経験はないでしょうか。

今回は、巨大な壁を一段ずつの階段に変える「タスク分解術(Task Decomposition)」を徹底解説します。

それでは見ていきましょう!

🥇 導入:なぜAIは「大きな指示」で迷子になるのか

AIが迷子になる最大の理由は、そのゴールがAIにとって「一度に処理するには情報量(コンテキスト)が多すぎるから」です。

人間も「家を建てて」と言われていきなり釘を打つ人はいません。

まず設計図を引き、資材を調達し、基礎を打ち……という「段取り」が必要です。

AIも同様に、巨大なタスクを目の前にすると、注意力が分散し、指示の重要な部分を忘れる「ロスト・イン・ザ・ミドル(中だるみ)」現象が起きてしまいます。

これを防ぐのが、今回学ぶタスク分解の技術です。


🥈 本編

1. タスク分解(Task Decomposition)の核心概念

タスク分解とは、複雑な問題をより小さく、管理しやすい「サブタスク」に分割するプロセスです。

AIエージェントにおいて、これは単なる作業の切り分け以上の意味を持ちます。

① コンテキスト(注意力)の保護

AIの作業メモリ(コンテキストウィンドウ)には限りがあります。

一度に「リサーチ・構成・執筆・校正」を考えさせると、思考の密度が薄まります。

分割することで、各タスクにAIのリソースを100%注がせることができます。

② エラーの局所化と修正

一括で処理させると、最後の最後でミスが発覚した際にすべてをやり直す必要があります。

分解していれば、「リサーチの段階でミスがある」と分かった時点で、そのステップだけを修正して次に進めるため、時間とコスト(トークン)の節約になります。

③ 専門ツールの最適運用

前回学んだ「専用ツール」は、適材適所で使ってこそ輝きます。

タスクを細分化することで、「このステップでは検索ツールを」「このステップではSEO分析ツールを」と、AIが迷いなく道具を手に取れるようになります。

2. AIに「段取り」を組ませる3つの主要アプローチ

A. Chain of Thought (CoT) の拡張

最も基本的な方法です。

「ステップバイステップで考えて」と指示し、AIに自らの思考過程を言語化させます。

ただし、数万文字に及ぶような複雑な業務には、これだけでは強度が足りません。

B. プランニング・プロンプト(静的分解)

作業を開始する前に、まず「実行計画(TODOリスト)」を作成させるステップを設けます。

指示例: 「まず、このタスクを完遂するために必要な5つのステップを箇条書きで出しなさい。私が『承認』と言うまで、実際の作業は始めてはいけません」

このように人間が介在することで、AIの暴走を防ぎつつ、プロレベルの段取りを組ませることが可能になります。

C. 再帰的タスク分割(動的分解)

エージェントが「このタスクは現在の自分の能力で一度にこなすには大きすぎる」と判断した場合、さらにそれを細分化するようプロンプトで規定する方法です。

ブログ運営への応用: 「執筆」というタスクを、AIが自律的に「導入文」「H2見出し1」「H2見出し2」……と分解し、一つずつ完結させていく仕組みです。

これにより、3000文字を超える長文でも、各セクションの質を落とさずに書き切ることが可能になります。

3. 【実践】ブログ運営における「タスク分解」の黄金テンプレート

具体的に「高品質なブログ記事を作成する」というゴールを、プロンプトエンジニアリングの視点で分解してみましょう。

各ステップの出力を「成果物」として管理します。

フェーズ サブタスクの詳細内容 使用するツールの例
1. リサーチ 検索キーワードの意図分析と競合サイトの構成抽出 Google検索ツール
2. 構成設計 読者ペルソナの設定と、論理的な見出し(H2/H3)の構築 トーン分析ツール
3. 事実確認 記事内で主張する数値や情報の裏取り(ファクトチェック) 最新データ取得API
4. 集中執筆 見出しごとに1セクションずつ執筆。前後の整合性を維持 (AIの筆力)
5. 最適化 メタ情報作成、内部リンク提案、SEO配置の最終確認 SEO評価ツール

これらを一気に「やれ」と命じるのではなく、「フェーズ1の出力結果を一旦保存し、それを改めて読み込んでからフェーズ2を開始する」という「直列パイプライン」を構築することが、エージェント構築の極意です。

4. タスク分解を成功させるプロンプトの記述ルール

AIに精度の高いプランニングをさせるためには、プロンプトに以下の「制約」を厳格に盛り込みます。

  • 単一責任の原則: 各サブタスクは「一つの明確な目的」だけを持つように分割させること。「調査しながら書く」といった複合タスクは禁止します。
  • 入出力の明確な定義: 「ステップ1の出力(JSON形式)を、ステップ2の入力として使う」と指示し、データの受け渡しをスムーズにします。
  • 完了条件(Definition of Done)の明示: 何をもってそのステップが「完了」したとみなすか、AI自身に定義させます。(例:競合上位3サイトの共通見出しをすべて網羅できたらリサーチ完了とする)

🥉 まとめと次への展望

タスク分解術をマスターすれば、AIは「一発勝負のギャンブル」ではなく、着実に成果を積み上げる「信頼できるプロジェクトリーダー」になります。

大きな目標を小さな成功の積み重ねに変えること。これが、自律型エージェントを実務に投入するための最終的な鍵となります。

これで、エージェントの「脳(思考)」「手(実行)」「道具(ツール)」「計画性(タスク分解)」がすべて揃いました。

しかし、まだ課題はあります。どれだけ完璧な計画を立てても、AIが過去の経緯を「忘れて」しまっては意味がありません。

次回予告:第6回「メモリー戦略:長期記憶(RAG)と短期記憶を使い分ける設計」

膨大な参考資料や過去の会話を、AIはどうやって活用し続けるのか。

エージェントに「記憶の図書館」を持たせる方法を詳しく解説します。お楽しみに!