第1章 「もっと」を続けると、いつまでも満たされない
もっと稼ぎたい。
もっと勉強したい。
もっと成長したい。
もっと良い仕事がしたい。
もっと自由になりたい。
私たちは、毎日のように「もっと」という言葉を使っています。
今より収入が増えれば、生活が楽になる。
もっと知識があれば、仕事がうまくいく。
もっと成長すれば、今より自信を持てる。
もっと結果を出せば、周りから認めてもらえる。
そう考えること自体は、悪いことではありません。
向上心を持つことも、新しいことに挑戦することも、自分の人生を良くするためには大切です。
問題なのは、「もっと」が終わる場所を決めないまま走り続けてしまうことです。
例えば、今の収入が月30万円だとします。
「あと5万円増えたら、少し余裕ができる。」
そう思って頑張る。
そして、月35万円になった。
すると今度は、
「月40万円あれば、もっと安心できる。」
と思うかもしれません。
40万円になれば、
「50万円あれば、もっと自由になれる。」
と考える。
こうして、目標を達成しても、すぐに次の「もっと」が現れます。
勉強も同じです。
一つの資格を取れば、次の資格が気になる。
一冊本を読めば、もっと読まなければと思う。
一つの知識を身につければ、まだ知らないことがあると気づく。
もちろん、学び続けることは素晴らしいことです。
でも、学ぶこと自体が目的になってしまうと、いつまで経っても「まだ足りない」という感覚から抜け出せなくなります。
SNSを見ていると、それはさらに強くなります。
自分より稼いでいる人がいる。
自分より多くの本を読んでいる人がいる。
自分より仕事ができる人がいる。
自分より自由な生活をしている人がいる。
すると、自分が持っているものではなく、自分に足りないものに目が向きます。
そして、
「もっと頑張らなければ。」
「もっと勉強しなければ。」
「もっと結果を出さなければ。」
と考えるようになります。
ここで、一度立ち止まってみてください。
本当に足りないのでしょうか。
それとも、「もっと必要だ」と思わされ続けているだけなのでしょうか。
現代は、簡単に他人の生活を見ることができます。
誰かの収入。
誰かの実績。
誰かの暮らし。
誰かの成功。
以前なら、自分の身近な人と比べるくらいだったものが、今では世界中の人と比較できます。
それだけ、私たちの中に「もっと」を生み出す材料が増えています。
しかも、「もっと」を求めることには終わりがありません。
一つ手に入れれば、また別のものが欲しくなる。
一つできるようになれば、さらに上を目指したくなる。
一つ不安が減れば、別の不安が気になってくる。
だから、何かを手に入れれば必ず満たされる、とは限らないのです。
むしろ、手に入れたものが増えているのに、満足できなくなることさえあります。
これは、「欲が深いから」という単純な話ではありません。
人は、今あるものより、まだ手に入っていないものに意識を向けやすいからです。
だからこそ、意識していないと、いつの間にか「もっと」が人生の基準になってしまいます。
もっと稼ぐ。
もっと学ぶ。
もっと働く。
もっと買う。
もっと認められる。
もっと成長する。
でも、その先に何があるのでしょうか。
月30万円では足りない。
35万円でも足りない。
40万円でも足りない。
では、いくらなら十分なのでしょうか。
資格を一つ取れば十分なのか。
十個取れば十分なのか。
毎月何冊本を読めば十分なのか。
フォロワーが何人いれば十分なのか。
どれだけ成長すれば十分なのか。
ここを決めない限り、「もっと」は永遠に続きます。
そして、終わりのない「もっと」は、少しずつ自分の時間を奪っていきます。
もっと働くために時間を使う。
もっと学ぶために時間を使う。
もっと情報を集めるために時間を使う。
もっと結果を出すために予定を増やす。
気づけば、人生の多くの時間を「まだ足りないもの」のために使っている。
そして、本当はすでに持っているものを見る時間がなくなっていきます。
家族と過ごす時間。
一人でゆっくりする時間。
好きなことをする時間。
何もしない時間。
これまで積み上げてきた経験。
そういうものまで、「もっと」のために後回しにしてしまうことがあります。
だから、SINGLESELFでは、「もっと頑張る」だけではなく、「どこまであれば十分なのか」を考えることも大切にしたいのです。
十分を決めることは、成長をやめることではありません。
挑戦を諦めることでもありません。
自分に必要なものと、必要以上のものを分けることです。
そして、必要以上の「もっと」を少し減らしてみる。
そうすると、今まで見えていなかったものが見えてくるかもしれません。
すでに持っているもの。
すでにできていること。
すでに積み上げてきた時間。
そして、自分にとって本当に大切なもの。
人生を豊かにするために、いつも何かを足す必要はありません。
ときには、「もう十分だ」と言えることも、自分の人生を大切にするための一つの選択です。
だからまず、「もっと」を追いかける前に、一度だけ考えてみてください。
「自分にとって、どこまであれば十分なんだろう。」
この問いを持つだけでも、人生の見え方は少し変わってきます。
第2章 自分にとっての「十分」を決める
「もっと」を追い続けてしまう理由の一つは、自分にとっての「十分」が決まっていないからかもしれません。
収入は、いくらあれば十分なのか。
仕事は、どこまで頑張れば十分なのか。
知識は、どこまで増やせば十分なのか。
人間関係は、どれくらいあれば十分なのか。
こうしたことに、決まった答えはありません。
だからこそ、私たちは周りの基準を借りてしまいます。
友人より収入が多いか。
同世代より良い仕事をしているか。
SNSでどれだけ評価されているか。
どれだけ多くのことを知っているか。
そうやって他人を基準にすると、「十分」のラインはどんどん動いていきます。
誰かが自分より多く持っていれば、自分ももっと欲しくなる。
誰かが自分より成長していれば、自分ももっと頑張らなければと思う。
すると、昨日までは十分だと思っていたものまで、「まだ足りない」と感じるようになります。
だからこそ、必要なのは「もっと」を完全になくすことではありません。
自分にとっての「十分」を、自分で決めることです。
例えば、お金について考えてみます。
「年収はいくらあれば幸せなのか」と考えると、上限がなくなってしまいます。
年収500万円より600万円。
600万円より800万円。
800万円より1000万円。
数字だけを追いかければ、いくらでも上があります。
でも、本当に考えたいのは、「いくら持っているか」だけではありません。
自分が安心して暮らすためには、どれくらい必要なのか。
どれくらいあれば、やりたいことにお金を使えるのか。
どれくらいあれば、家族との時間を守れるのか。
そこまで考えてみると、「もっと稼ぐ」だけではない選択肢が見えてきます。
収入を増やすことが悪いわけではありません。
むしろ、必要な分を稼ぐことは大切です。
でも、必要以上に働き続けることで、自分の時間や健康を削っているのなら、一度立ち止まってもいい。
「これ以上増やすことより、今あるものを大切にしたほうがいい。」
そう判断することもできます。
仕事についても同じです。
もっと責任のある仕事をする。
もっと大きな成果を出す。
もっと上の立場を目指す。
それが自分の望む人生なら、目指せばいい。
でも、出世することよりも、家族との時間を大切にしたい人もいます。
大きな会社で働くことよりも、自分のペースで働きたい人もいます。
収入を最大化することよりも、自由な時間を増やしたい人もいます。
どれが正しいという話ではありません。
大切なのは、自分が何を「十分」とするのかを、自分で決めることです。
学びについても同じです。
現代では、学ぼうと思えばいくらでも学べます。
本があります。
動画があります。
SNSがあります。
オンライン講座があります。
AIもあります。
知らないことを探せば、いくらでも出てきます。
だから、「もっと勉強しなければ」と思い続けることもできます。
でも、知識を増やすことが目的になってしまうと、いつまで経っても行動に移せません。
「もう少し勉強してから始めよう。」
「もう少し情報を集めてから決めよう。」
「もう少し詳しくなってから挑戦しよう。」
そうやって、準備だけが続いてしまう。
ここにも、「十分」を決めることが必要です。
「ここまで分かったら、一度やってみる。」
「最低限必要な知識があれば、まず始める。」
そう決めることで、学びを行動につなげることができます。
これは、SINGLESELFが以前から大切にしてきた「100点の設計図より10点の実物」という考え方にもつながっています。
100点になるまで準備する必要はありません。
自分にとって必要なところまで準備できたら、実際にやってみる。
そして、足りないものが見つかったら、そのときに学べばいいのです。
「十分」を決めることは、成長を止めることではありません。
むしろ、「ここまでで一度動く」という基準を持つことで、行動できるようになることがあります。
人間関係にも、「十分」という考え方は使えます。
知り合いは多いほうがいい。
友達はたくさんいたほうがいい。
SNSのフォロワーは多いほうがいい。
そんな価値観もあります。
でも、本当に自分に必要な人間関係は、そんなに多くないかもしれません。
何でも話せる人が一人いる。
安心して一緒にいられる人が数人いる。
困ったときに相談できる人がいる。
それだけで十分だと感じる人もいます。
人間関係も、数を増やすことだけが豊かさではありません。
「誰と、どのくらいの距離で付き合いたいのか。」
そこを自分で決めればいいのです。
もちろん、一度決めた「十分」を一生変えてはいけないわけでもありません。
生活が変われば、必要なものも変わります。
家族が増えれば、お金や時間の使い方も変わります。
仕事が変われば、必要な知識や人間関係も変わります。
だから、「十分」は固定された数字ではありません。
今の自分にとって、ちょうどいいところを見つける。
そして、必要になったらまた見直す。
それくらい柔軟でいいのです。
大切なのは、周りから「もっと必要だ」と言われたときに、必ずそれを受け入れなくてもいいということです。
もっと稼いだほうがいい。
もっと勉強したほうがいい。
もっと働いたほうがいい。
もっと人脈を増やしたほうがいい。
そう言われても、一度考えてみる。
「それは、本当に今の自分に必要だろうか。」
必要なら、増やせばいい。
必要なければ、増やさなくてもいい。
そして、「今はこれで十分」と決めてもいい。
これは、諦めではありません。
自分の時間とエネルギーを、どこに使うのかを自分で決めているだけです。
「もっと」を追いかける人生では、常に足りないものを探します。
でも、「十分」を決めた人生では、すでに持っているものにも目を向けられます。
今ある時間。
今ある仕事。
今ある人間関係。
今まで積み上げてきた経験。
そして、今の自分。
それらを見直すことで、「自分は思っていたよりも、たくさん持っている」と気づくこともあります。
だから、「もっと」を完全に捨てる必要はありません。
挑戦したいなら、挑戦すればいい。
成長したいなら、成長すればいい。
収入を増やしたいなら、増やせばいい。
ただし、その前に一つだけ、自分に問いかけてみる。
「自分にとって、どこまであれば十分なのか。」
その答えを持っているだけで、「もっと」に振り回されにくくなります。
そして、自分で「十分」を決められるようになると、今度は「何を残したいのか」が見えてきます。
次の章では、他人の成功を自分の基準にしないために、私たちがどこまで「周りと比べなくていいのか」を考えてみましょう。
第3章 他人の成功を、自分の基準にしない
「もっと」を追い続けてしまう理由の一つに、他人との比較があります。
自分より収入が高い人を見る。
自分より自由な生活をしている人を見る。
自分より多くの実績を持っている人を見る。
すると、今まで気になっていなかったものまで、「自分にも必要なのではないか」と思えてきます。
昨日までは十分だと思っていた収入が、誰かの成功を見た瞬間に少なく感じる。
自分なりに頑張ってきた仕事が、別の誰かの実績を見た途端に物足りなく感じる。
こうして、「もっと」がまた始まります。
特にSNSでは、この比較が簡単に起こります。
誰かの売上。
誰かのフォロワー数。
誰かの旅行。
誰かの新しい家。
誰かの働き方。
誰かの成功。
タイムラインを眺めているだけで、たくさんの「もっと」が流れてきます。
もっと稼がなければ。
もっと発信しなければ。
もっと成長しなければ。
もっと自由にならなければ。
そうやって、他人の人生を見ながら、自分の人生の基準まで決めてしまうことがあります。
でも、ここには大きな落とし穴があります。
他人が「十分」だと思っているものと、自分が「十分」だと思うものは、同じではありません。
例えば、ある人にとっては、年収1000万円を目指すことが大切かもしれません。
でも、別の人にとっては、年収500万円でも、家族との時間を十分に持てるなら満足かもしれない。
ある人は、毎日仕事に集中する生活を望むかもしれません。
一方で、別の人は、仕事を減らして趣味や一人の時間を増やしたいかもしれません。
どちらが正しいという話ではありません。
大切なのは、自分の人生に必要なものを、他人の基準から決めないことです。
もちろん、他人の成功を見ること自体が悪いわけではありません。
すごいと思うこともある。
参考になることもある。
自分もやってみたいと思うこともある。
そういう刺激は、自分を動かすきっかけになります。
問題なのは、「あの人が持っているから、自分にも必要だ」と考えてしまうことです。
例えば、SNSで誰かが高価な車を買ったとします。
「自分ももっと稼いで、あの車を買わなければ。」
そう思うかもしれません。
でも、少し考えてみる。
自分は本当にその車が欲しいのか。
それとも、その車を持っている人の生活が羨ましいだけなのか。
ここを分けて考えるだけでも、見え方が変わります。
欲しいものと、羨ましいものは同じではありません。
やりたいことと、やったほうがよさそうなことも同じではありません。
必要なものと、他人が持っているものも同じではありません。
だからこそ、誰かの成功を見たときには、一度自分に問いかけてみてください。
「それは、本当に自分が欲しいものだろうか。」
この問いは、とてもシンプルです。
でも、意外と大切です。
私たちは、周りが持っているものを見ると、それが「持つべきもの」のように感じてしまうことがあります。
周りが資格を取っている。
自分も取らなければいけない。
周りが副業を始めている。
自分も始めなければいけない。
周りがSNSで発信している。
自分も毎日投稿しなければいけない。
周りが結婚している。
自分も急がなければいけない。
周りが家を買っている。
自分も買ったほうがいいのかもしれない。
こうして、自分の人生なのに、他人の選択を追いかけるようになります。
でも、他人の人生には、その人なりの事情があります。
収入も違います。
家族構成も違います。
価値観も違います。
使える時間も違います。
体力も違います。
これまで積み上げてきた経験も違います。
それなのに、結果だけを見て、自分と比較する。
それでは、自分の人生が苦しくなってしまいます。
SNSで見えているのは、その人の人生の一部分だけです。
成功した瞬間。
うまくいった結果。
楽しそうな時間。
そこに至るまでの失敗や迷い、苦労、見えない時間までは、すべて見えているわけではありません。
だから、誰かの「結果」と、自分の「途中」を比べなくてもいいのです。
自分はまだ途中かもしれない。
でも、それでいい。
誰かが先に進んでいるように見えても、自分には自分の道があります。
そして、SINGLESELFが大切にしているのは、「他人より上に行くこと」ではなく、「自分の人生を自分で選ぶこと」です。
だから、他人の成功を見たときも、「自分ももっと」と焦るのではなく、「自分に必要なものは何だろう」と考えてみる。
参考にしたいなら、取り入れればいい。
必要なければ、流せばいい。
やってみたいなら、試してみればいい。
でも、「みんながやっているから」という理由だけなら、一度立ち止まってもいいのです。
これは、情報についても同じです。
世の中には、たくさんの「こうしたほうがいい」があります。
朝早く起きたほうがいい。
運動したほうがいい。
本を読んだほうがいい。
副業をしたほうがいい。
投資をしたほうがいい。
SNSをやったほうがいい。
どれも、場合によっては正しいことです。
でも、全部を自分の生活に入れようとしたら、時間が足りません。
だから、正しいかどうかだけではなく、「今の自分に必要かどうか」で考えることが大切です。
必要なものだけを残す。
必要のないものは、選ばない。
それだけでも、「もっと」に追われる感覚は少し軽くなります。
そして、比較する相手を一人だけ変えてみるのもおすすめです。
他人ではなく、昨日の自分を見る。
昨日より少しできた。
先月より少し分かるようになった。
以前より迷わなくなった。
前より自分の時間を大切にできるようになった。
そんな小さな変化を見る。
そうすると、他人の基準ではなく、自分の基準で成長を感じられるようになります。
もちろん、昨日の自分より成長していない日があってもいい。
何もできない日があってもいい。
人には、それぞれのペースがあります。
大切なのは、毎日成長することではありません。
自分が大切にしたい方向へ進んでいるかを、自分自身で確かめることです。
「もっと」を追いかける人生では、他人の基準に終わりがありません。
誰かが上に行けば、また別の誰かが現れる。
誰かが成功すれば、さらに大きな成功を見る。
そうやって比較を続けている限り、「十分」にたどり着くことは難しくなります。
だから、一度降りてもいいのです。
他人の競争から降りる。
他人の基準から降りる。
「もっと持っていなければ」という思い込みから降りる。
そして、自分にとって必要なものを、自分で決める。
他人の「十分」と、自分の「十分」は違っていい。
それでいいのです。
誰かより少なくてもいい。
誰かより遅くてもいい。
誰かと違ってもいい。
自分にとって大切なものが残っているなら、それは十分に価値があります。
だから、誰かの成功を見て焦ったときは、すぐに「もっと」を足さなくてもいい。
一度だけ、自分に問いかけてみてください。
「それは、本当に自分が欲しいものだろうか。」
その答えが「違う」なら、選ばなくてもいい。
その答えが「欲しい」なら、自分のペースで目指せばいい。
どちらを選んでも、人生の主導権は自分にあります。
そして、その選択ができるようになると、「足りないもの」ではなく、「残したいもの」に目を向けられるようになります。
次の章では、何かを増やす前に、「自分は何を残したいのか」という視点から、人生の「十分」を考えていきます。
第4章 「足りないもの」ではなく「残したいもの」を考える
「もっと」を追いかけているとき、私たちはいつも「足りないもの」を探しています。
もっとお金が必要。
もっと知識が必要。
もっと時間が必要。
もっと実績が必要。
もっと人脈が必要。
そうやって、足りないものを一つずつ埋めようとします。
でも、いくら埋めても、新しい「足りないもの」が見つかることがあります。
だから、一度だけ視点を変えてみてもいいのです。
「自分に足りないものは何だろう」ではなく、「自分は何を残したいのだろう」。
この二つは、似ているようで、見ている方向がまったく違います。
「足りないもの」を考えると、自然と何かを足したくなります。
収入が足りないなら、もっと働く。
知識が足りないなら、もっと勉強する。
人脈が足りないなら、もっと人と会う。
時間が足りないなら、もっと効率化する。
でも、「残したいもの」を考えると、逆の発想になります。
家族との時間を残したい。
一人で考える時間を残したい。
好きな仕事を残したい。
健康を残したい。
自分で決められる自由を残したい。
そうすると、今まで「増やしたほうがいい」と思っていたものを、少し減らせるようになります。
例えば、仕事で考えてみます。
もっと成果を出したい。
もっと評価されたい。
もっと責任のある仕事をしたい。
それも大切な目標です。
でも、そのために毎日遅くまで働き、家族との時間がなくなっているとしたら、一度考えてみる必要があります。
自分が本当に残したいものは何なのか。
仕事の実績を増やすことなのか。
それとも、仕事をしながら家族との時間も残すことなのか。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、自分が何を大切にしているのかを知らないまま、「もっと」を追いかけてしまうと、気づかないうちに大切なものを失ってしまうことがあります。
だからこそ、人生では「何を得るか」だけではなく、「何を失いたくないか」も考える必要があります。
これは、お金についても同じです。
収入を増やすことは、生活の安心につながります。
でも、収入を増やすために自由な時間をすべて使ってしまえば、そのお金を何のために増やしているのか分からなくなることがあります。
もちろん、今は収入を増やす時期もあるでしょう。
将来のために働くことも必要です。
ただ、「もっと稼ぐ」という目標だけではなく、「何を守るために稼ぐのか」を考えてみる。
生活を安定させるため。
家族を守るため。
好きなことに使うため。
将来の選択肢を増やすため。
目的が見えてくれば、「どこまで必要なのか」も少しずつ見えてきます。
それが、自分にとっての「十分」を考えることにつながります。
時間についても同じです。
「時間がないから、もっと効率化しなければ。」
そう考えることは多いと思います。
便利なアプリを探す。
仕事を効率化する。
予定を細かく管理する。
時間の使い方を改善する。
もちろん、必要な工夫はあります。
でも、効率化して生まれた時間に、また新しい予定を詰め込んでしまったら、結局また「時間がない」と感じます。
だから、ときには「空いた時間を何に使うか」ではなく、「空いた時間を、そのまま残しておく」という選択もあっていいのです。
何もしない時間。
ぼんやりする時間。
一人で過ごす時間。
好きなことをする時間。
そういう時間も、自分の人生には必要です。
すべての時間を生産的にする必要はありません。
むしろ、何もしない余白があるからこそ、自分が本当にやりたいことを考えられることがあります。
そして、人間関係にも「残したいもの」という視点を使うことができます。
知り合いを増やす。
交流を増やす。
SNSのつながりを増やす。
それだけが、人間関係を豊かにする方法ではありません。
安心して話せる人。
何も話さなくても自然でいられる人。
自分を無理に作らなくていい人。
そういう関係を残していくことも、大切なことです。
だから、すべての誘いに応えなくてもいい。
すべての人に好かれようとしなくてもいい。
すべてのつながりを維持しなくてもいい。
「本当に残したい関係は、どれだろう。」
そう考えてみる。
すると、人間関係にも少し余白が生まれます。
ここまで考えてくると、「引き算」の意味も少し変わってきます。
引き算は、何でも減らせばいいという話ではありません。
仕事を減らす。
人間関係を減らす。
情報を減らす。
予定を減らす。
それだけでは、ただ空っぽになるだけです。
大切なのは、減らしたあとに、本当に残したいものが残っていることです。
だから、何かを減らすときには、「これは必要ない」と考えるだけではなく、「何を残したいから減らすのか」と考えてみる。
SNSを見る時間を減らすのは、自由な時間を残したいからかもしれません。
仕事を一つ断るのは、大切な人との時間を残したいからかもしれません。
情報収集を減らすのは、自分で考える時間を残したいからかもしれません。
完璧を目指すのをやめるのは、まず形にする時間を残したいからかもしれません。
そう考えると、引き算は「我慢」ではなくなります。
大切なものを守るための選択になります。
そして、「残したいもの」は、人によって違います。
お金をたくさん残したい人もいる。
自由な時間を残したい人もいる。
家族との時間を残したい人もいる。
仕事の実績を残したい人もいる。
自分の作品を残したい人もいる。
どれが正解ということはありません。
大切なのは、自分自身が何を残したいのかを知っていることです。
他人が「これを持っていたほうがいい」と言っているからではなく、自分の人生にとって必要だから残す。
それが、自分の「十分」をつくっていきます。
そして、残したいものが決まると、「もっと」の基準も変わってきます。
もっと稼ぐのではなく、「自分が守りたい生活に必要な分を稼ぐ」。
もっと働くのではなく、「大切なものを守りながら働く」。
もっと学ぶのではなく、「必要なことを学んで、実際に使う」。
もっと人とつながるのではなく、「大切な関係を丁寧にする」。
こうして、「もっと」が少しずつ「必要な分」に変わっていきます。
これは、人生を小さくすることではありません。
むしろ、自分にとって本当に大切なものに、時間とエネルギーを集中できるようになります。
だから、もし今、「もっと何かを増やさなければ」と焦っているなら、一度立ち止まってみてください。
そして、こう問いかけてみる。
「自分は、何を残したいのだろう。」
その答えが見つかれば、何を減らせばいいのかも見えてくるかもしれません。
そして、何を増やさなくてもいいのかも分かってきます。
人生を豊かにするために必要なのは、必ずしも「持っているものを増やすこと」ではありません。
本当に大切なものが、自分の人生にちゃんと残っていることです。
それが、自分にとっての「十分」を考えるための、大切な基準になるのです。
第5章 「もっと」ではなく、「十分」を考える
ここまで、
「もっと稼ぎたい。」
「もっと学びたい。」
「もっと成長したい。」
という、「もっと」を続けることについて考えてきました。
もちろん、成長したいと思うこと自体が悪いわけではありません。
新しいことを学ぶことも、収入を増やすことも、自分の可能性を広げることも、人生を豊かにしてくれます。
問題なのは、
「もっと」を続けることに、終わりがなくなってしまうことです。
一つ達成すれば、また次が欲しくなる。
少し収入が増えれば、今度はもっと増やしたくなる。
知識を増やせば、まだ知らないことが気になる。
周りの人が成長していれば、自分ももっと頑張らなければと思う。
そうやって、
「まだ足りない。」
という感覚だけが残ってしまうことがあります。
でも、本当に足りないのでしょうか。
もしかすると、
足りないものがあるのではなく、
「足りない」と思い続ける状態になっているだけなのかもしれません。
だからこそ、一度立ち止まって考えてみる。
「自分に何が足りないのだろう。」
ではなく、
「自分にとって、どこまであれば十分なのだろう。」
この問いを持つことが大切です。
例えば、お金について考えてみます。
もちろん、生活に必要なお金はあります。
将来のために貯めたいお金もあるでしょう。
やりたいことのために、もう少し収入を増やしたい人もいるでしょう。
だから、
「もっと稼がなくていい。」
と言いたいわけではありません。
大切なのは、
「自分は、どこまであれば安心して暮らせるのか。」
を考えておくことです。
その基準がなければ、
30万円でも足りない。
40万円でも足りない。
50万円でも足りない。
というように、収入が増えても「もっと」が終わらなくなります。
反対に、
「ここまであれば、今の生活には十分。」
という基準があれば、その先は「必要だから増やす」のか、「欲しいから増やす」のかを考えられるようになります。
仕事も同じです。
もっと成果を出したい。
もっと評価されたい。
もっと重要な仕事を任されたい。
そう思うことは自然です。
でも、
仕事が増えるほど人生が豊かになるとは限りません。
収入が増えても、自由な時間がなくなれば、そのお金を使う時間がなくなるかもしれません。
役職が上がっても、家族との時間がなくなれば、自分が大切にしたかったものを失ってしまうかもしれません。
だから、
「どこまで仕事を増やしたいのか。」
だけではなく、
「何を守るために、どこまで働きたいのか。」
を考えることも必要です。
学ぶことも同じです。
本を読む。
動画を見る。
資格を取る。
新しい情報を集める。
どれも自分を成長させてくれます。
でも、学ぶことそのものが目的になると、
「まだ知らない。」
「もっと勉強しないと。」
という状態が続いてしまいます。
知識を増やすことより、
「ここまで分かったら、まずやってみる。」
と決めることのほうが大切な場合もあります。
100点になるまで準備するのではなく、
今の自分に必要なところまで学んだら、一度動いてみる。
そこから足りないものを学び直せばいいのです。
そして、
「十分」を決めることは、
諦めることでもありません。
成長しないことでもありません。
自分の可能性を閉じることでもありません。
むしろ、
「何のために、どこまで増やすのか。」
を自分で決められるようになることです。
「もっと」という言葉だけに追われていると、
他人が増やしたものまで、自分に必要なものに見えてきます。
でも、
「自分にとっての十分」を考えると、
必要なものと、必要ではないものを分けられるようになります。
それだけで、人生の見え方は少し変わります。
SINGLESELFが大切にしている「引き算」も、ここにつながっています。
何かを足せば、人生が良くなるとは限りません。
仕事を増やす。
情報を増やす。
人間関係を増やす。
予定を増やす。
持ち物を増やす。
目標を増やす。
そうやって足し続けるほど、自分に残された時間や余白は少なくなっていきます。
だからこそ、
足す前に、一度「これは本当に必要なのか」と考えてみる。
そして、
「ここまでで十分。」
と決められるものは、そこで止めてもいい。
その分だけ生まれた余白を、
休む時間に使ってもいい。
大切な人との時間に使ってもいい。
自分が本当にやりたいことに使ってもいい。
何もしない時間として残してもいい。
その余白こそが、自分の人生を自分で選ぶためのスペースになります。
「もっと」を手放すというのは、
向上心を捨てることではありません。
誰かの基準ではなく、
自分の人生に必要な量を、自分で決めることです。
そして、その基準は人によって違います。
年収1000万円が十分な人もいれば、今の生活を安心して続けられる金額で十分な人もいる。
毎日忙しく働きたい人もいれば、仕事を減らして自由な時間を増やしたい人もいる。
たくさんの人とつながりたい人もいれば、少ない人間関係を大切にしたい人もいる。
どれが正しいという話ではありません。
大切なのは、
「自分は、何があれば十分なのか。」
を、自分自身で考えているかどうかです。
ここまで考えてみると、
人生に必要なのは、
「もっと持つこと」だけではないと分かります。
むしろ、
「これ以上は必要ない。」
と決めることにも、大きな価値があります。
足りないものを探し続ける人生ではなく、
すでに持っているものを大切にする人生。
もっと増やすことだけを考えるのではなく、
本当に残したいものを守る人生。
そのためには、
まず自分にとっての「十分」を知る必要があります。
もし今、
「もっと頑張らなければ。」
「もっと勉強しなければ。」
「もっと稼がなければ。」
「もっと成長しなければ。」
と感じているなら、
一度だけ立ち止まってみてください。
そして、
「本当に、これ以上必要だろうか。」
と問いかけてみる。
その答えが「必要」なら、また進めばいい。
でも、
「ここまであれば十分かもしれない。」
と思えたなら、そこで一度止まってもいいのです。
止まることで、失うものばかりではありません。
そこには、
自分の時間があります。
自分の余白があります。
大切な人との時間があります。
そして、
自分が本当に残したいものを考える時間があります。
「もっと」を続けることには、終わりがありません。
だからこそ、
自分で終わりを決める必要があります。
それが、
「十分」を決めるということです。
次回は、
「自分にとっての十分とは何なのか。」
を、もう少し具体的に考えていきます。
他人の基準ではなく、
自分の生活。
自分の時間。
自分の大切なもの。
それらを見ながら、
「ここまであれば、十分。」
という、自分だけの基準をつくっていきましょう。
足りないものを探し続ける人生から、
十分なものを大切にする人生へ。
SINGLESELFは、そのための「引き算」を考えていきます。
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