毎日更新の裏側で、擦り切れていた私へ。インプットの時間をあきらめない。毎日ブログを書きながら、リアルタイムで「自動販売機型メディア」を組み立てる現在進行形の実験室。

【第3回】SNSの「すごい人」を自分の基準にしない。比べない技術

【第3回】SNSの「すごい人」を自分の基準にしない。比べない技術

SNSを見ていると、

毎日のように、

誰かの成功が目に入ってきます。

仕事で結果を出した人。

好きなことを仕事にした人。

海外で暮らしている人。

収入を大きく伸ばした人。

楽しそうな毎日を過ごしている人。

新しいことに挑戦している人。

そんな投稿を見ているうちに、

「みんな、ちゃんと前に進んでいる。」

「自分だけ、遅れている気がする。」

「もっと頑張らないといけない。」

そんな気持ちになることがあります。

でも、

ここで一度、

立ち止まって考えてみてください。

あなたがSNSで見ているのは、

その人の人生のすべてでしょうか。

もちろん、

そんなことはありません。

見えているのは、

その人が切り取って、

見せようとした一部分です。

それなのに私たちは、

その一部分と、

自分の人生全体を比べてしまいます。

これは、

かなり不公平な比較です。

今回考えたいのは、

「SNSを見るな。」

という話ではありません。

SNSには、

学べることもあります。

刺激をもらえることもあります。

自分では知らなかった考え方や、

新しい生き方を知ることもできます。

だから、

SNSそのものを悪者にする必要はありません。

大切なのは、

「見えたものを、そのまま自分の基準にしないこと」です。

第1章 SNSで見えているのは、その人の人生の一部分

SNSでは、

人の生活がとても近くに感じられます。

朝起きて、

仕事をして、

旅行をして、

食事をして、

新しいことに挑戦している。

写真や動画と一緒に、

その人の生活が次々と流れてきます。

しかも、

投稿されるのは、

その人が「見せたい」と思った瞬間であることが多いものです。

うまくいった仕事。

楽しかった旅行。

完成した作品。

達成した数字。

きれいな食事。

充実した休日。

そうした場面は、

わざわざ投稿したくなります。

一方で、

何も進まなかった一日。

失敗した仕事。

落ち込んでいる時間。

誰にも言えない不安。

何となく過ごしてしまった休日。

そういうものは、

すべてがSNSに出てくるわけではありません。

つまり、

SNSに流れてくるのは、

その人の人生そのものではなく、

その人の人生から切り取られた一部分です。

ところが、

それを毎日見ていると、

いつの間にか、

「この人は、毎日こんなに充実している。」

と思ってしまいます。

ここに、

比較の落とし穴があります。

例えば、

誰かがSNSに、

「今日は仕事で大きな成果が出ました。」

と投稿したとします。

あなたは、

その一枚の投稿を見ています。

でも、

その人がそこにたどり着くまでに、

どれだけ失敗したのか。

どれだけ時間を使ったのか。

どんな不安を抱えていたのか。

どんな環境にいたのか。

それは、

その投稿だけでは分かりません。

それなのに、

自分については、

今日うまくいかなかったことも、

仕事の悩みも、

生活の不安も、

全部知っています。

つまり、

他人は「見せられた一部分」で見て、自分は「人生の全部」で評価してしまう。

これでは、

自分のほうが劣っているように感じてしまうのも、

無理はありません。

例えば、

誰かの完成したブログ記事を見ながら、

自分の書きかけの記事を比べる。

誰かの成功した事業を見ながら、

自分の始めたばかりの仕事を比べる。

誰かの楽しそうな休日を見ながら、

自分の疲れた一日を比べる。

これでは、

最初から条件が違います。

完成したものと、

途中のものを比べているからです。

だから、

SNSを見て落ち込んだときは、

「自分はダメなのかもしれない。」

と考える前に、

こう考えてみてください。

「私は今、この人の人生の一部分と、自分の人生全体を比べていないだろうか。」

そう気づくだけでも、

見え方は少し変わります。

もちろん、

誰かの成功を見て、

「自分も頑張ろう。」

と思うことは悪くありません。

むしろ、

それはSNSの良い使い方です。

問題なのは、

「この人ができている。」

から、

「自分もできなければいけない。」

へ変わってしまうことです。

参考にすることと、

自分の価値を測ることは、

別の話です。

誰かの生き方を見て、

「こんな方法もあるんだ。」

と知る。

「自分も、こういうことをやってみたい。」

と感じる。

そこまでは、

とても健全です。

でも、

「この人より遅れている。」

「この人より収入が少ない。」

「この人より成果が出ていない。」

と考え始めたら、

他人の人生を、

自分の採点表にしてしまっています。

SNSにいる「すごい人」を、

先生にする必要はありません。

まして、

自分を採点する審査員にする必要もありません。

その人の投稿から、

自分に必要なものだけを受け取ればいい。

そして、

必要がなければ、

流していい。

他人の人生は、参考にはできても、自分の基準にする必要はありません。

SNSには、

たくさんの人生が流れてきます。

でも、

その中から、

どの情報を受け取るのか。

どこまで参考にするのか。

そして、

自分の人生に何を取り入れるのか。

それを決めるのは、

あくまで自分です。

他人の「一部分」を見て、

自分の「全部」を否定しない。

まずは、

そこから始めてみましょう。

第2章 「すごい人」を見ても、自分の基準を変えなくていい

SNSを見ていると、

「この人、すごいな。」

と思うことがあります。

仕事で大きな成果を出している。

毎日、精力的に活動している。

自分の好きなことを仕事にしている。

たくさんの人から支持されている。

そんな姿を見ると、

「自分も、もっと頑張らないと。」

と思うかもしれません。

それ自体は、

悪いことではありません。

誰かの行動が、

自分を動かすきっかけになることもあります。

新しい考え方を知ったり、

今まで知らなかった選択肢に気づいたりすることもあります。

問題は、

その人を見たあとに、

「自分も同じレベルにならなければいけない。」

と思ってしまうことです。

ここから、

「参考にする」が、

「比べる」に変わっていきます。

例えば、

SNSで毎日ブログを書いている人を見たとします。

「自分もブログを頑張ってみよう。」

ここまでは、

良い刺激です。

でも、

「この人は毎日書いているのに、自分は週に一回しか書けていない。」

「この人は何万人にも読まれているのに、自分はほとんど読まれていない。」

「自分は、この人より遅れている。」

となった瞬間、

その人の基準が、

自分の基準になっています。

でも、

そもそも、

その人とあなたでは、

生活が違います。

使える時間も違う。

仕事も違う。

経験も違う。

家族の状況も違う。

持っている知識も違う。

目指しているものも違う。

それなのに、

同じ数字や結果だけを見て、

自分を評価する必要はありません。

大切なのは、

「この人は、なぜすごいのだろう。」

だけではなく、

「私は、この人の何に惹かれたのだろう。」

と考えることです。

例えば、

誰かが自由な働き方をしている。

それを見て、

「自分も独立しなければ。」

と思ったとします。

でも、

本当に欲しいのは、

独立そのものではないかもしれません。

会社に縛られない時間かもしれない。

好きな場所で働ける自由かもしれない。

家族と過ごす時間かもしれない。

自分で仕事を選べる感覚かもしれません。

誰かの「結果」を見て、

その結果そのものを欲しがるのではなく、

その結果の中にある、

自分が本当に欲しいものを見つける。

この視点が大切です。

誰かの収入を見て、

「自分も同じ金額を稼がなければ。」

と思うのではなく、

「自分は、何のためにお金が欲しいのだろう。」

と考えてみる。

誰かのフォロワー数を見て、

「自分も何万人を目指そう。」

と思うのではなく、

「自分は、本当にたくさんの人に知られたいのだろうか。」

と考えてみる。

誰かの華やかな生活を見て、

「自分も、もっと充実させなければ。」

と思うのではなく、

「自分にとって、充実した生活って何だろう。」

と考えてみる。

こうすると、

他人の人生を見ながら、

自分の人生について考えられるようになります。

これは、

「比べない」ということを、

単純に「他人を見ない」にしないためにも大切です。

世の中には、

たくさんの魅力的な生き方があります。

それを知ることは、

悪いことではありません。

むしろ、

自分一人では思いつかなかった可能性を、

教えてくれることがあります。

だから、

SNSで誰かの生き方を見て、

「こんな人生もあるんだ。」

と思ったら、

そのまま受け取ってみる。

ただし、

「だから、自分もこうならなければ。」

とは考えない。

他人の人生は、選択肢の一つ。自分の人生の正解ではありません。

ここを分けて考えるだけでも、

SNSとの付き合い方は変わります。

例えば、

「朝5時に起きて勉強しています。」

という投稿を見たとします。

その人にとっては、

朝の時間が合っているのかもしれません。

でも、

あなたにとっては、

夜のほうが集中できるかもしれない。

家族との生活があって、

朝5時に起きることが負担になるかもしれない。

それなら、

無理に同じ方法を取り入れる必要はありません。

参考にするのは、

「自分に合う部分」だけでいいのです。

SNSを見るたびに、

新しいことを始める必要もありません。

誰かが読書をしているから、

自分も読書を増やす。

誰かが運動しているから、

自分も毎日運動する。

誰かが副業をしているから、

自分も副業を始める。

誰かが発信しているから、

自分も発信する。

そんなふうに、

他人を見るたびに、

自分のやることを増やしていたら、

人生はいくらあっても足りません。

そして、

ここはSINGLESELFの「引き算」にもつながります。

他人の生き方を見るたびに、自分のやることを増やさなくていい。

「これは、自分にも必要だろうか。」

と一度考える。

必要なら取り入れる。

必要なければ、

そのまま流す。

それだけでいいのです。

SNSには、

たくさんの「正しそうな生き方」が流れてきます。

でも、

あなたにとっての正解まで、

そこに書いてあるとは限りません。

誰かにとっての成功が、

あなたにとっての成功とは限らない。

誰かにとっての幸せが、

あなたにとっての幸せとは限らない。

誰かにとっての最適な働き方が、

あなたに合うとも限りません。

だから、

誰かの人生を見て、

「すごい。」

と思ったとしても、

そこで終わっていい。

「自分はダメだ。」

まで考えなくていい。

「自分も同じようにならなければ。」

と焦らなくてもいい。

その人から、

自分に必要なものだけを、

一つ持ち帰ればいいのです。

SNSは、

他人の人生を眺める場所にもなります。

でも、

自分の人生を決める場所ではありません。

参考にすることと、基準にすることは違います。

誰かの投稿を見たあと、

「自分もやらなきゃ。」

ではなく、

「自分は、本当にこれをやりたいだろうか。」

と問い直してみる。

その一呼吸が、

他人の人生から、

自分の人生へ戻ってくるための、

小さなきっかけになります。

第3章 SNSの「すごい人」を、自分の基準にしない

SNSを開くと、

なぜか、

「すごい人」がたくさん出てきます。

大きな成果を出した人。

好きなことだけで生きている人。

毎日、行動している人。

収入を公開している人。

たくさんの人から支持されている人。

きれいな家に住んでいる人。

楽しそうな毎日を過ごしている人。

見ていると、

「世の中には、こんなにすごい人がいるんだ。」

と思います。

そして、

しばらくすると、

「それに比べて、自分は……。」

と考えてしまう。

でも、

ここで覚えておきたいことがあります。

SNSは、「普通の人が普通に暮らしている姿」を、わざわざ強く見せてくる場所ではありません。

目立つ投稿。

反応される投稿。

興味を引く投稿。

成功しているように見える投稿。

そうしたものが、

私たちの目に入りやすくなっています。

だから、

SNSを長く見ていると、

「みんな、こんなにすごいことをしている。」

と感じやすくなります。

でも、

実際の社会が、

そんな人ばかりというわけではありません。

あなたの周りには、

普通に働いている人もいる。

毎日を淡々と過ごしている人もいる。

何も投稿しない人もいる。

今は何かに挑戦していない人もいる。

それでも、

SNSでは、

そうした人たちの姿は、

あまり目立ちません。

つまり、

SNSで見えている世界と、現実の世界は、同じではありません。

ここを理解しておくだけでも、

SNSとの距離感は変わってきます。

例えば、

「月収○万円になりました。」

という投稿が流れてきたとします。

その数字を見ると、

「自分も、もっと稼がないと。」

と思うかもしれません。

でも、

その数字だけを見て、

その人の生活全体を知ることはできません。

どれだけ働いているのか。

どれだけ時間を使っているのか。

何を犠牲にしているのか。

何を大切にしているのか。

そこまでは、

投稿からは分かりません。

「自由に生きています。」

という投稿も同じです。

その人にとっての自由と、

あなたにとっての自由が、

同じとは限りません。

だから、

一つの投稿を見ただけで、

「自分もこうならなければ。」

と考える必要はありません。

さらに、

SNSには、

もう一つ気をつけたいことがあります。

それは、

一度見た価値観が、何度も目に入ってくることです。

例えば、

副業について調べたとします。

すると、

副業で成功した人。

独立した人。

大きな収入を得た人。

そんな投稿が、

次々と表示されるようになる。

最初は、

「こういう世界もあるんだ。」

と思っていただけなのに、

何度も見ているうちに、

「副業をしていない自分は遅れている。」

という感覚に変わっていくことがあります。

でも、

本当に遅れているのでしょうか。

ただ、

同じ情報を何度も見ているだけかもしれません。

SNSで頻繁に見るものは、

現実以上に、

大きな存在に感じられます。

だからこそ、

「みんながやっている。」

と感じたときほど、

少し疑ってみる。

「本当にみんながやっているのか。それとも、SNSでよく見えているだけなのか。」

と考えてみる。

これだけでも、

他人の基準に引っ張られにくくなります。

もちろん、

SNSをすべて遠ざける必要はありません。

自分が知らなかった情報を知る。

新しい考え方に出会う。

面白い人の生き方を見る。

それは、

SNSの大きな価値です。

ただし、

「見たもの=自分もやるべきこと」

にはしない。

ここを分けておきます。

例えば、

誰かが毎日発信している。

それを見て、

「毎日投稿しなければ。」

と思わなくていい。

誰かが朝活をしている。

それを見て、

「自分も朝5時に起きなければ。」

と思わなくていい。

誰かが資格を取った。

それを見て、

「自分も何か資格を取らなければ。」

と思わなくていい。

誰かが新しいビジネスを始めた。

それを見て、

「自分も何か始めなければ。」

と思わなくていい。

他人が何かを始めたことと、

あなたが何かを始める必要があることは、

別の話だからです。

SNSを見て、

何かを感じたら、

まず一度、

自分に問いかけてみる。

「これは、本当に自分が欲しいものだろうか。」

「自分の生活に必要だろうか。」

「今の自分が大切にしたいことと合っているだろうか。」

必要なら、

取り入れる。

必要なければ、

そのまま流す。

それで十分です。

そして、

場合によっては、

「見ない」という選択もあります。

毎回、自分と比較してしまう人。

見るたびに焦ってしまう人。

見たあとに、

自分の生活がつまらなく感じる人。

そういう場合は、

フォローを外してもいい。

ミュートしてもいい。

アプリを閉じてもいい。

それは、

逃げることではありません。

自分の基準を守るために、見るものを選んでいるだけです。

SINGLESELFが大切にしている、

「引き算」という考え方も、

ここにつながります。

人生を良くするために、

新しい情報を増やすだけではありません。

必要のない比較を減らす。

必要のない情報を減らす。

必要のない焦りを減らす。

そして、

自分の人生を見る時間を取り戻す。

SNSには、

たくさんの人の人生があります。

でも、

あなたが生きる人生は、

一つしかありません。

だから、

誰かの投稿を見て、

自分の人生を作り替えなくていい。

参考になるところだけ、

受け取ればいい。

それ以外は、

流していい。

SNSにいる「すごい人」を、自分の人生の採点基準にしない。

その人は、

その人の人生を生きています。

あなたは、

あなたの人生を生きればいい。

SNSを見たあとに、

「自分も何かしなければ。」

ではなく、

「自分にとって、本当に大切なのは何だろう。」

と考える。

その一呼吸が、

他人の人生から、

自分の人生へ戻ってくるための、

大切な時間になります。

第4章 人それぞれのペースで生きていい

SNSを見ていると、

自分より先に進んでいるように見える人が、

たくさん目に入ります。

同じ年齢なのに、

大きな仕事をしている。

自分より若いのに、

会社を経営している。

同世代なのに、

結婚して家庭を持っている。

海外で暮らしている。

好きな仕事をしている。

そんな姿を見ていると、

「自分も、早く何かをしなければ。」

と思うことがあります。

そして、

いつの間にか、

「自分は遅れている。」

と感じてしまう。

でも、

ここでも一度、

考えてみてください。

そもそも、人生に「同じペース」は必要なのでしょうか。

例えば、

学校では、

ある程度決められた順番があります。

何歳で入学して、

何歳で卒業する。

そのあと進学する。

就職する。

そうした一定の流れがあります。

だから私たちは、

大人になってからも、

「この年齢なら、これくらいできているべき。」

という基準を持ちやすくなります。

20代なら仕事を始める。

30代なら役職につく。

結婚する。

家を買う。

40代なら、

ある程度の収入や地位がある。

そんな「普通」が、

いつの間にか自分の中に入り込んでいます。

もちろん、

そうした人生を選ぶことが悪いわけではありません。

問題なのは、

自分が本当に望んでいるかどうかを考えないまま、「みんながそうしているから」という理由だけで急いでしまうことです。

人によって、

スタート地点は違います。

育ってきた環境も違う。

持っている経験も違う。

仕事も違う。

家族との関係も違う。

大切にしている価値観も違う。

それなのに、

年齢や数字だけを見て、

「自分は遅れている。」

と判断する必要はありません。

例えば、

20代で挑戦する人もいます。

40代から新しい仕事を始める人もいます。

60代になってから、

初めてやりたかったことを始める人もいます。

一度やめて、

何年か経ってから戻ってくる人もいます。

どれが正しいのでしょうか。

きっと、

一つではありません。

人生は、

全員が同じゴールに向かって、

同じ道を走る競技ではないからです。

誰かが先に進んでいるように見えても、

その人が向かっている場所と、

自分が向かっている場所が同じとは限りません。

それなのに、

他人の進み具合だけを見て、

自分を急かしてしまう。

これは、

かなり苦しい生き方です。

例えば、

友人が独立したとします。

「自分も独立しなければ。」

と思う。

知人が結婚した。

「自分も早く結婚しなければ。」

と思う。

同世代の人が収入を上げた。

「自分ももっと稼がなければ。」

と思う。

でも、

その人が選んだ人生と、

あなたが本当に望んでいる人生は、

同じでしょうか。

もしかすると、

あなたが欲しいのは、

独立ではなく、

今より自由な時間かもしれません。

結婚そのものではなく、

安心できる人との関係かもしれません。

高い収入ではなく、

お金の不安を減らすことかもしれません。

ここでも、

「他人が何をしているか」ではなく、

「自分は何を大切にしたいのか。」

に戻ってくることが大切です。

そして、

人生には、

どうしても進めない時期もあります。

仕事が忙しい。

体力が落ちている。

家族を優先したい。

少し休みたい。

何をしたいのか分からない。

そんな時期があってもいい。

何かを始めることだけが、

前進ではありません。

立ち止まること。

休むこと。

方向を考え直すこと。

いったん手放すこと。

それも、

自分の人生を進めるために必要な時間です。

だから、

周りが走っているからといって、

自分まで走らなくていい。

今の自分に必要な速度で、

進めばいいのです。

もちろん、

「自分のペースでいい。」

という言葉を、

何もしない理由にする必要もありません。

やりたいことがあるなら、

少しずつ進めばいい。

ただし、

他人の速度を基準にして、

無理に急ぐ必要はありません。

昨日より進んでいるか。

周りより早いか。

同年代と比べてどうか。

そんなことばかりを気にしていると、

自分が本当に望んでいる方向を、

見失ってしまいます。

だから、

ときどき、

時計を見るのをやめてみる。

他人の進み具合を見るのをやめて、

自分の足元を見る。

「今の自分は、

何を大切にしたいだろう。」

「今の自分に必要なのは、

前に進むことだろうか。

それとも、少し休むことだろうか。」

そうやって、

自分の時間を確認してみる。

他人の時計を見て、自分の時間を急かさなくていいのです。

SNSでは、

誰かの「今」が、

簡単に見えてしまいます。

でも、

あなたの「今」と、

その人の「今」は、

同じ意味を持っているわけではありません。

その人には、

その人の人生があります。

あなたには、

あなたの人生があります。

だから、

誰かが先に進んでいるように見えても、

焦らなくていい。

誰かが大きな結果を出していても、

自分を否定しなくていい。

自分の人生には、

自分のタイミングがあります。

早く始めることが大切なときもあれば、

時間をかけたからこそ見えるものもあります。

一度遠回りしたからこそ、

分かることもあります。

止まったからこそ、

本当に進みたい方向に気づくこともあります。

人生の価値は、

どれだけ早く進んだかだけでは決まりません。

自分にとって大切な場所へ、自分のペースで進んでいく。

それでいいのです。

SNSで誰かの人生を見たとき、

「自分も急がなければ。」

と思ったら、

一度だけ立ち止まってみてください。

そして、

「本当に急ぐ必要があるのだろうか。」

と、自分に聞いてみる。

もしかすると、

必要なのは、

もっと頑張ることではなく、

他人のペースから、

少し離れることかもしれません。

人それぞれ、

人生の季節があります。

今は進む季節かもしれない。

今は休む季節かもしれない。

準備する季節かもしれない。

やり直す季節かもしれない。

どの季節にいるのかを決めるのも、

自分です。

だから、

他人の人生を見て、

自分の人生を急かさなくていい。

あなたには、あなたのペースがあります。

そのペースを守ることも、

「比べない」ということの一つなのです。

第5章 SNSを見たあと、自分の人生に戻ってくる

ここまで、

SNSでは、

他人の人生の一部分が見えていること。

その一部分を、

自分の人生全体と比べなくていいこと。

そして、

他人のペースを、

自分の人生の基準にしなくていいこと。

について考えてきました。

でも、

「比べないようにしよう。」

と思っていても、

実際には、

つい比べてしまうことがあります。

SNSを開いた瞬間に、

誰かの成功が目に入る。

楽しそうな生活が目に入る。

新しい挑戦をしている人が目に入る。

そして、

気づかないうちに、

自分と比べてしまう。

これは、

ある意味では自然なことです。

だから、

「また比べてしまった。」

と自分を責める必要はありません。

大切なのは、

比べてしまわないことよりも、

比べていることに気づいたあと、自分の人生に戻ってくることです。

例えば、

SNSを見ていて、

「この人はすごいな。」

と思ったとします。

その次に、

「それに比べて自分は……。」

と続きそうになったら、

一度止まってみる。

そして、

「これは、この人の人生の一部分だ。」

と考える。

さらに、

「では、自分はどうしたいだろう。」

と、自分に問い直してみる。

これだけでも、

意識の向きが変わります。

他人を見る。

自分を評価する。

ではなく、

他人を見る。

自分の本音を確認する。

という流れに変えていくのです。

例えば、

誰かが独立して自由に働いている姿を見たとします。

「自分も会社を辞めたほうがいいのかな。」

と焦るのではなく、

「自分も、もう少し自由な時間が欲しいのかもしれない。」

と考えてみる。

誰かが旅行を楽しんでいる投稿を見たら、

「自分の生活はつまらない。」

ではなく、

「自分も、少し休む時間が欲しいのかもしれない。」

と考えてみる。

誰かが仕事で成果を出しているのを見たら、

「自分は何もできていない。」

ではなく、

「自分も、何か一つ形にしてみたいのかもしれない。」

と考えてみる。

こうすると、

他人との比較が、

自分を否定する材料ではなく、

自分の本音を知るきっかけになります。

もちろん、

そこから何かを始めなくてもいい。

「そう感じたんだな。」

と気づくだけでも十分です。

なぜなら、

SNSを見ていると、

自分でも気づいていなかった欲求が、

刺激されることがあるからです。

もっと自由になりたい。

もっと休みたい。

誰かに認めてもらいたい。

新しいことをやってみたい。

今の生活を少し変えたい。

そうした気持ちに気づけたなら、

それは悪いことではありません。

問題なのは、

その気持ちを、

そのまま他人の人生のコピーにしてしまうことです。

「あの人がやっているから、自分もやる。」

ではなく、

「あの人を見て、自分は何を感じたのだろう。」

と考える。

そこから、

自分に必要なものだけを選べばいい。

そして、

必要のないものは、

選ばなくていいのです。

これは、

SINGLESELFの「引き算」にもつながります。

SNSを見ていると、

次から次へと、

新しい情報が入ってきます。

新しい働き方。

新しい勉強法。

新しい副業。

新しい習慣。

新しい商品。

新しい生き方。

それらを全部受け取っていたら、

自分が本当にやりたいことが、

分からなくなってしまいます。

だから、

全部を見なくていい。

全部を取り入れなくていい。

全部に反応しなくていい。

「これは自分に必要だろうか。」

と一度考える。

必要なら、

取り入れる。

必要なければ、

流す。

そして、

ときには、

SNSそのものから離れる。

それも、

立派な選択です。

例えば、

朝起きてすぐSNSを見るのをやめる。

寝る前はSNSを開かない。

疲れている日は、

他人の投稿を見ない。

自分と比較してしまうアカウントを、

ミュートする。

必要な情報を見たら、

そのままアプリを閉じる。

こうした小さな選択だけでも、

他人の人生に使っていた時間を、

自分の人生に戻すことができます。

そして、

ここで大切なのは、

SNSを減らした時間を、

必ず何かで埋めなくてもいいということです。

本を読まなくてもいい。

勉強しなくてもいい。

仕事をしなくてもいい。

生産的なことをしなくてもいい。

ただ、

ゆっくりする。

コーヒーを飲む。

散歩する。

家族と話す。

ぼんやりする。

何もしない。

それでもいいのです。

なぜなら、

「他人の人生を見る時間を減らすこと」そのものに、

意味があるからです。

誰かの生活を見続けていると、

自分の生活が、

物足りなく感じることがあります。

でも、

SNSを閉じて、

自分の生活に戻ってみると、

意外と、

今の自分にも、

大切なものがあることに気づきます。

今日、ちゃんと仕事をした。

好きなものを食べた。

家族と話した。

少し休んだ。

一つ仕事を終わらせた。

ブログを少し書いた。

何もせずに休めた。

そうした、

SNSには載せないような小さな出来事も、

あなたの人生です。

誰かの華やかな一枚だけが、

人生ではありません。

むしろ、

人には見せない時間のほうが、

ずっと長い。

だからこそ、

そこを大切にしていいのです。

SNSで誰かの人生を見る時間を、

少し減らす。

その分、

自分の生活を見る。

自分の気持ちを見る。

自分の時間を見る。

自分が本当にやりたいことを見る。

それだけでも、

少しずつ、

他人の基準から離れていくことができます。

「比べない」というのは、

他人を見ないことではありません。

誰かを見て、

「すごいな。」

と思うこともある。

「自分もやってみたい。」

と思うこともある。

それでいいのです。

ただ、

そこで自分を否定しない。

自分の人生を急かさない。

自分の基準まで、

他人に渡さない。

そして、

必要なものだけを受け取って、

自分の人生へ戻ってくる。

SNSを見る時間より、自分の人生を見る時間を少し増やしていく。

それが、

「比べない」ための、

現実的な方法なのかもしれません。

今日、

SNSを見ていて、

誰かと自分を比べそうになったら、

一度だけ、

画面を閉じてみてください。

そして、

「自分は、今どうしたいんだろう。」

と考えてみる。

すぐに答えが出なくても、

大丈夫です。

他人の人生から、

自分の人生へ戻ってくる。

その小さな時間を、

少しずつ増やしていけばいい。

誰かの成功を見ても、

自分を否定しない。

誰かの充実した生活を見ても、

自分の生活を急かさない。

誰かのペースを見ても、

自分のペースを忘れない。

他人の人生は、参考にできる。
でも、自分の人生を決めるのは、自分です。

SNSには、

今日もたくさんの人の人生が流れてきます。

その中から、

何を見るのか。

何を受け取るのか。

何を選ばないのか。

そして、

どこへ戻ってくるのか。

それを決めることも、

「比べない」ということです。

他人を変える必要はありません。

SNSを完全に捨てる必要もありません。

ただ、

他人を基準にしていた自分に気づいたら、

もう一度、

自分の人生を見る。

その繰り返しでいいのです。

誰かの人生を見る時間を減らして、自分の人生を生きる時間を増やしていく。

それだけでも、

人生は少しずつ、

自分のものに戻ってきます。

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