毎日更新の裏側で、擦り切れていた私へ。インプットの時間をあきらめない。毎日ブログを書きながら、リアルタイムで「自動販売機型メディア」を組み立てる現在進行形の実験室。

【第2回】他人の成功を、自分の失敗にしない「比べない技術」

【第2回】他人の成功を、自分の失敗にしない「比べない技術」

誰かの成功を見て、

「すごいな。」

と思うことがあります。

同時に、

「それに比べて、自分は何をしているんだろう。」

と思ってしまうこともあります。

友人が昇進した。

知り合いが起業した。

SNSで誰かが大きな成果を出した。

同年代の人が家を買った。

結婚した。

収入が増えた。

フォロワーが増えた。

自分がやりたいと思っていたことを、誰かが先に実現した。

そんな場面に出会うと、

「自分は遅れている。」

「自分は何もできていない。」

「自分は失敗しているのかもしれない。」

と感じることがあります。

でも、

ここで一度、

立ち止まって考えてみてください。

誰かが成功したからといって、自分が失敗したわけではありません。

これは、

当たり前のようでいて、

意外と忘れてしまいやすいことです。

第1回では、

私たちは他人と比べやすい環境にいる、

という話をしました。

今回はその先にある、

「比較した結果、自分を低く評価してしまうこと」

について考えていきます。

他人の結果は、

その人の人生の結果です。

それを、

自分の人生の採点表にする必要はありません。

第1章 誰かの成功は、あなたの失敗ではない

例えば、

友人が会社で昇進したとします。

それを聞いて、

「おめでとう。」

と思う。

それだけなら、

何も問題ありません。

でも、

そのあとに、

「それに比べて自分は……。」

と考え始めると、

話が変わってきます。

友人が昇進したことと、

自分が今の仕事をしていることは、

本来まったく別の話です。

それなのに、

誰かの「上」を見つけると、

自分を「下」に置いてしまう。

ここに、

比較の苦しさがあります。

例えば、

SNSで同年代の人が、

自分より大きな成果を出しているのを見たとします。

月収が高い。

フォロワーが多い。

会社を経営している。

本を出版した。

海外で暮らしている。

そんな投稿を見ると、

「自分は何もできていない。」

と思ってしまう。

でも、

少し冷静に考えてみると、

その人の成功と、

あなたの失敗には、

何の関係もありません。

その人が100万円稼いだからといって、

あなたの価値が下がるわけではない。

その人が先に夢を叶えたからといって、

あなたの人生が失敗になるわけでもない。

その人が幸せそうだからといって、

あなたが不幸だと決まったわけでもありません。

他人の結果は、あなたの人生の評価ではないのです。

それでも、

私たちはつい、

他人の結果を自分の評価に変えてしまいます。

「自分より若いのに、成功している。」

「同じ会社なのに、自分より評価されている。」

「同じ年齢なのに、自分より収入が高い。」

「自分より後に始めたのに、先に結果を出した。」

こうやって、

相手の結果を見るたびに、

自分の人生を採点してしまう。

でも、

人生はテストではありません。

全員が同じ問題を解いて、

同じ時間で、

同じ答えを出すものではないからです。

育ってきた環境も違います。

持っている経験も違います。

使える時間も違います。

得意なことも違います。

大切にしているものも違います。

そして、

何より、

「どんな人生を送りたいのか」

が違います。

それなのに、

他人の結果だけを見て、

自分の人生を評価する。

これは、

あまりにも不公平な採点方法です。

だから、

誰かの成功を見たときは、

「自分も頑張らなければ。」

とすぐに考えるのではなく、

一度、

こう問いかけてみてください。

「私は、本当にその人の人生が欲しいのだろうか。」

その人の収入が欲しいのか。

その人の仕事がしたいのか。

その人の暮らしがしたいのか。

それとも、

ただ、

「自分より先に結果を出していること」

が気になっているだけなのか。

ここを分けて考えるだけでも、

見え方は変わります。

他人の成功を、

自分の失敗にしなくていい。

誰かが先に進んでも、

あなたが後退したわけではありません。

誰かが結果を出しても、

あなたの積み重ねが消えるわけでもありません。

人生には、

それぞれの時間があります。

だから、

他人のゴールを見て、

自分のスタート地点を責めなくていい。

他人の人生は、他人のもの。
あなたの人生は、あなたのものです。

比べることを完全になくす必要はありません。

誰かを見て、

「自分もやってみたい。」

と思うことがあってもいい。

その気持ちは、

自分を前に進めるきっかけになります。

ただし、

参考にすることと、

自分を否定することは違います。

誰かの成功を見たとき、

「自分もできるかもしれない。」

と思うのか。

それとも、

「自分には無理だ。」

と思うのか。

同じ成功を見ても、

そこから生まれる言葉は違います。

だからこそ、

他人の結果を、

自分の価値を測る物差しにしない。

それだけでも、

人との比較は少し軽くなります。

そして、

ここから大切になるのは、

「他人がどこまで進んでいるか。」

ではなく、

「自分は、どこへ進みたいのか。」

という問いです。

その問いに戻ることが、

「比べない」ということの、

最初の一歩なのかもしれません。

第2章 他人の結果ではなく、自分の欲しいものを見る

誰かの成功を見て、

「自分もあんなふうになりたい。」

と思うことがあります。

それ自体は、

悪いことではありません。

むしろ、

誰かの姿を見たことで、

「自分もやってみたい。」

と思えるなら、

それは良い刺激になることもあります。

問題なのは、

「あの人の結果がすごい」ことと、
「自分も同じ結果を手に入れたい」ことを、
同じものとして考えてしまうことです。

例えば、

会社を辞めて独立した人を見て、

「自由に働けて羨ましい。」

と思ったとします。

でも、

本当に欲しいのは、

「独立」という肩書きでしょうか。

それとも、

「自分で時間を決められる生活」

かもしれません。

年収の高い人を見て、

「自分ももっと稼がなければ。」

と思うこともあります。

でも、

本当に欲しいのは、

高い年収そのものではなく、

「お金の不安を減らしたい。」

「好きなことに使えるお金が欲しい。」

「働く時間を少し減らしたい。」

ということかもしれません。

SNSで、

毎日楽しそうに暮らしている人を見て、

「自分ももっと充実した生活をしなければ。」

と思うこともあります。

でも、

本当に欲しいのは、

おしゃれな生活ではなく、

「朝をゆっくり過ごせる時間」

かもしれない。

「好きな場所で暮らせる自由」

かもしれない。

「気の合う人と過ごす時間」

かもしれません。

この違いは、

とても大切です。

他人の「結果」をそのまま欲しいと思うと、

比較が始まります。

「あの人は持っている。」

「自分は持っていない。」

「あの人はできている。」

「自分はできていない。」

そうやって、

自分の人生を、

他人の人生に合わせて採点するようになります。

でも、

他人の結果の奥にある、

「自分が本当に欲しいもの」

を見つけることができれば、

話は変わります。

例えば、

「起業して成功した人が羨ましい。」

と思ったなら、

「自分も起業しなければ。」

と考える必要はありません。

その人を見て、

自分の中にある、

「もっと自分で決めたい。」

という気持ちに気づけばいい。

「海外で暮らしている人が羨ましい。」

と思ったなら、

「自分も海外へ行かなければ。」

ではなく、

「今の生活から少し離れて、新しい環境を経験したい。」

のかもしれない。

「フォロワーが多い人が羨ましい。」

と思ったなら、

「自分もフォロワーを増やさなければ。」

ではなく、

「自分の考えを、もっと多くの人に届けたい。」

ということかもしれません。

つまり、

他人の成功は、
自分の人生を否定する材料ではなく、
自分の本音を知るための材料にもできます。

ここで、

一つ意識してほしいことがあります。

誰かを見て、

「羨ましい。」

と思ったとき、

すぐに自分を責めないことです。

「自分は嫉妬深い。」

「自分は負けず嫌いだ。」

「自分は努力が足りない。」

そんなふうに、

自分の性格まで否定する必要はありません。

むしろ、

「なぜ、羨ましいと思ったんだろう。」

と考えてみる。

そこには、

自分がまだ言葉にできていない、

小さな願いが隠れているかもしれません。

自由な働き方が羨ましいなら、

自由な時間が欲しいのかもしれない。

収入が羨ましいなら、

安心が欲しいのかもしれない。

人気が羨ましいなら、

認められたいのかもしれない。

楽しそうな生活が羨ましいなら、

もっと自分の時間を楽しみたいのかもしれない。

そうやって、

他人を見て生まれた感情を、

自分の人生へ戻していく。

すると、

「自分もあの人みたいにならなければ。」

という焦りが、

「自分は何を大切にしたいんだろう。」

という問いに変わります。

これは、

「他人を見ない。」

ということではありません。

むしろ、

よく見てもいいのです。

成功している人から学んでもいい。

参考にしてもいい。

真似してみてもいい。

誰かのやり方を、

自分の成長に利用してもいい。

ただし、

最後の基準だけは、

自分のところに戻しておく。

「あの人がやっているから。」

ではなく、

「自分もやりたいから。」

にする。

「あの人が持っているから。」

ではなく、

「自分にとって必要だから。」

にする。

「あの人より遅れているから。」

ではなく、

「自分はこの方向へ進みたいから。」

にする。

この違いだけでも、

人生の見え方は大きく変わります。

他人の成功を見て、

焦って何かを始めるのではなく、

一度、

自分に問いかける。

「私は、その人の何が羨ましいんだろう。」

そして、

「それは、自分の人生で本当に欲しいものだろうか。」

と考えてみる。

もし本当に欲しいものなら、

他人と競争する必要はありません。

自分なりの方法で、

少しずつ近づいていけばいい。

逆に、

よく考えてみたら、

「別に欲しくない。」

と気づくこともあります。

それなら、

手放していいのです。

誰かが持っているからといって、

自分まで欲しがる必要はありません。

誰かが成功しているからといって、

同じ場所を目指す必要もありません。

人生は、
他人の成功を追いかけるためにあるのではありません。

他人を見て、

自分の本音に気づく。

そして、

その本音をもとに、

自分の道を選んでいく。

それが、

「比べない」ということの、

もう一つの意味なのだと思います。

第3章 SNSの「すごい人」を、自分の基準にしない

SNSを開くと、

すごい人が、

次から次へと出てきます。

大きな会社を経営している人。

若くして成功している人。

毎月たくさんのお金を稼いでいる人。

フォロワーを何万人も持っている人。

毎日楽しそうに暮らしている人。

健康的な生活を続けている人。

毎日勉強している人。

新しいことに挑戦し続けている人。

しかも、

そういう人たちの姿は、

自分が何もしなくても、

スマートフォンの画面に流れてきます。

以前なら、

自分の周りにいる人と比べるくらいでした。

でも今は、

世界中の「すごい人」と、

簡単に自分を比べられる。

そして、

ここで苦しくなることがあります。

「あの人は、こんなに頑張っている。」

「自分ももっと頑張らなければ。」

「あの人は結果を出している。」

「自分は何もできていない。」

「あの人の生活は充実している。」

「自分の生活はつまらない。」

こうして、

SNSで見た誰かの姿が、

いつの間にか、

自分を評価する基準になっていきます。

でも、

SNSにいる「すごい人」を、
自分の人生の基準にする必要はありません。

もちろん、

参考にするのはいい。

学ぶのもいい。

刺激を受けるのもいい。

「こんな生き方もあるんだ。」

と知ることも、

SNSの良いところです。

問題は、

「この人ができているなら、自分もできなければいけない。」

と思ってしまうことです。

例えば、

朝5時に起きて、

毎日運動して、

読書をして、

仕事をして、

副業をして、

SNSまで毎日更新している人がいたとします。

それを見て、

「自分も全部やらなければ。」

と思う。

でも、

その人と自分では、

生活環境が違います。

仕事の内容も違います。

家族構成も違います。

体力も違います。

使える時間も違います。

大切にしているものも違います。

それなのに、

相手ができていることを、

そのまま自分の「やるべきこと」に変えてしまう。

これでは、

どれだけ頑張っても、

新しい基準が次々に増えていきます。

一人の成功者を見る。

「これも必要だ。」

と思う。

別の人を見る。

「これもやらなければ。」

と思う。

また別の人を見る。

「まだ足りない。」

と思う。

気づけば、

SNSを見るたびに、

自分の人生に新しい課題が追加されている。

これは、

とても疲れる状態です。

本来、

SNSは情報を得るための場所だったはずなのに、

いつの間にか、

「自分がどれだけ足りないか」を確認する場所

になってしまうことがあります。

だから、

誰かの投稿を見て、

「すごいな。」

と思ったときには、

すぐに、

「自分もやらなければ。」

へ進まなくていい。

一度、

こう考えてみてください。

「私は、この人の何に惹かれたんだろう。」

収入でしょうか。

自由な時間でしょうか。

働き方でしょうか。

発信力でしょうか。

生活の余裕でしょうか。

それとも、

自分の好きなことを続けている姿でしょうか。

そこを分けて考えてみる。

すると、

「この人みたいになりたい。」

という漠然とした気持ちが、

「自分も自由な時間が欲しい。」

「自分も好きなことを仕事にしたい。」

「自分の考えを発信したい。」

という、

自分自身の願いに変わることがあります。

そうなれば、

もう、

その人と競争する必要はありません。

相手の方法を、

そのままコピーする必要もありません。

自分に必要な部分だけ、

取り入れればいい。

例えば、

「毎朝5時に起きる」という方法が、

自分に合わないなら、

真似しなくていい。

「毎日SNSを投稿する」という方法が、

自分の生活に合わないなら、

取り入れなくてもいい。

大切なのは、

その人の人生を再現することではありません。

その人から得たヒントを、
自分の人生に合う形へ変えることです。

SNSには、

たくさんの正解らしきものが並んでいます。

こうしたほうがいい。

これをやるべき。

この働き方がいい。

このくらい稼ぐべき。

この年齢なら、

これくらいできて当然。

でも、

それらは、

あくまで誰かの人生から生まれた答えです。

あなたの人生に、

そのまま当てはまるとは限りません。

だから、

SNSを見るときは、

「この人は正しいか。」

ではなく、

「自分に必要なものはあるか。」

くらいでいいのです。

必要なら、

取り入れる。

必要なければ、

流す。

それだけです。

すべての情報に、

反応する必要はありません。

すべての成功に、

追いつく必要もありません。

すべての生き方を、

自分のものにする必要もありません。

そして、

SNSで見えているのは、

その人の人生のすべてではありません。

うまくいった瞬間。

嬉しかった出来事。

達成した結果。

人に見せたい部分。

そこが切り取られて、

画面に並んでいます。

その一部分と、

自分の日常のすべてを比べれば、

自分のほうが劣って見えてしまうのは、

ある意味で当然です。

だからこそ、

画面の向こうにいる人を、

自分の採点基準にしない。

「あの人は、あの人。」

「自分は、自分。」

それくらいの距離で、

ちょうどいいのです。

誰かの成功を見て、

「すごい。」

と思ったら、

そこから自分を責めるのではなく、

「自分は何を大切にしたいんだろう。」

と、

自分の人生へ戻ってくる。

SNSを見る時間を、

少し減らすこともできます。

通知を切ることもできます。

フォローする人を選ぶこともできます。

でも、

もっと大切なのは、

見たものを、すべて自分の基準にしないことです。

他人の人生は、

参考書にはできます。

でも、

採点表にする必要はありません。

誰かの「すごい」を見たあとに、

自分を否定するのではなく、

自分の「大切」に戻ってくる。

それができるようになると、

SNSは、

自分を苦しめる場所ではなく、

必要なものだけを受け取る場所へと、

少しずつ変わっていきます。

他人の人生を見ながら、

自分の人生を失わない。

そのために、

「参考にする」と「比べる」を、

分けて考えてみる。

それだけでも、

SNSとの付き合い方は、

ずっと軽くなるはずです。

第4章 人それぞれのペースで生きていい

他人と比べてしまうとき、

気になってしまうのは、

「今、どちらが上か。」

だけではありません。

「自分は遅れているんじゃないか。」

という感覚も、

比較から生まれます。

同年代の人が昇進した。

友人が結婚した。

知り合いが家を買った。

周りの人が子どもを持った。

同じ年齢の人が独立した。

昔の同級生が大きな仕事をしている。

そんな姿を見ると、

「自分も、そろそろ何かしなければ。」

と思うことがあります。

でも、

ここでも一度、

立ち止まってみてください。

人生には、全員が同じ速度で進まなければならない理由はありません。

学校では、

同じ年齢で入学して、

同じような順番で進級します。

会社でも、

入社して、

経験を積んで、

役職が上がっていく。

そうした仕組みに慣れていると、

人生にも、

「この年齢なら、ここまでできているべき。」

という基準があるように感じてしまいます。

でも、

人生は学校の時間割ではありません。

何歳で何をするのか。

いつ仕事を変えるのか。

いつ結婚するのか。

どこに住むのか。

どれくらい働くのか。

何を目指すのか。

そんなことに、

全員共通の正解があるわけではありません。

20代で挑戦する人もいる。

40代から新しい仕事を始める人もいる。

会社員を続ける人もいる。

独立する人もいる。

結婚しない人もいる。

一人で暮らす人もいる。

何度も方向を変える人もいる。

それぞれ違っていいのです。

それなのに、

周りの人が先に進んでいるように見えると、

自分だけが遅れているように感じてしまう。

でも、

「遅れている」という言葉には、

どこかに、

「本来は同じ場所にいるはずだ。」

という前提があります。

本当に、

そうでしょうか。

そもそも、

スタート地点が違います。

育ってきた環境も違う。

持っている経験も違う。

家庭の事情も違う。

仕事の状況も違う。

体力も違う。

考え方も違う。

それなのに、

他人が進んだ距離だけを見て、

自分の人生を「遅れている」と評価する。

これも、

自分に対して不公平な採点です。

例えば、

30歳になったら、

年収はいくら。

35歳になったら、

役職が必要。

40歳になったら、

家を持っているべき。

そんな「普通」が、

世の中にはたくさんあります。

でも、

その普通を、

あなた自身が本当に望んでいるとは限りません。

周りがそうしているから、

自分もそうする。

友人が結婚したから、

自分もしなければと思う。

周りが昇進を目指しているから、

自分も役職を目指す。

周りが副業を始めたから、

自分も何か始める。

こうして、

他人のペースが、

自分の人生のスケジュールになってしまいます。

すると、

自分では何も決めていないのに、

「もっと急がなければ。」

という焦りだけが増えていきます。

だから、

一度、

こう問いかけてみてください。

「私は、本当に遅れているのだろうか。」

そして、

もう一つ。

「誰と比べて、遅れているのだろう。」

と考えてみる。

すると、

その「遅れ」が、

誰かが決めた基準だったことに、

気づくかもしれません。

もちろん、

目標を持つことは大切です。

「あの人のようになりたい。」

「この年齢までに達成したい。」

そう思うこと自体は、

悪いことではありません。

問題なのは、

その目標が、

自分の願いなのか、

周りから借りてきた願いなのか、

分からなくなることです。

自分が本当にやりたいことなら、

時間をかけてもいい。

遠回りしてもいい。

途中でやり方を変えてもいい。

誰かより遅くても、

自分にとって納得できる道なら、

それでいいのです。

反対に、

誰より早く進んでいても、

自分が望んでいない場所へ進んでいるなら、

その速さに、

それほど大きな意味はありません。

大切なのは、

「どれだけ早く進んでいるか。」

ではなく、

「自分が進みたい方向へ進んでいるか。」

です。

そして、

人生には、

立ち止まる時期があってもいい。

仕事を休む。

方向を変える。

何もしない時間をつくる。

一度戻る。

やり直す。

それも、

人生の一部です。

ずっと前進し続けることだけが、

成長ではありません。

立ち止まったことで、

自分が本当に欲しかったものに気づくこともあります。

遠回りしたからこそ、

必要のないものを手放せることもあります。

だから、

今の自分が周りより遅いように見えても、

焦らなくていい。

人には、

それぞれの季節があります。

すぐに結果が出る時期もあれば、

準備する時期もある。

挑戦する時期もあれば、

休む時期もある。

何かを増やす時期もあれば、

減らす時期もある。

それぞれの時間を、

同じ時計で測る必要はありません。

誰かが走っているからといって、

自分まで走らなくていい。

誰かが休んでいるからといって、

自分も休まなければいけないわけでもない。

自分に必要な速度を、

自分で決めればいいのです。

他人の時計を見て、
自分の時間を急かさない。

これだけでも、

人生は少し楽になります。

そして、

「自分は遅れているかもしれない。」

と思ったときこそ、

他人ではなく、

自分に目を戻してみる。

今の自分にとって、

本当に大切なものは何か。

今、

無理をしてまで急ぐ必要があるのか。

それとも、

少し立ち止まったほうがいいのか。

答えは、

他人の人生にはありません。

自分の中にあります。

人それぞれ、

違う場所から始まり、

違う道を通り、

違う速度で進んでいく。

だから、

誰かの人生を見て、

自分の人生を急かさなくていい。

あなたには、あなたのペースがあります。

そのペースを守ることは、

諦めることではありません。

自分の人生を、

自分の時間で生きるということです。

第5章 昨日の自分とも、比べすぎない

ここまで、

他人と比べなくていい。

誰かの成功を、

自分の失敗にしなくていい。

SNSにいる「すごい人」を、

自分の基準にしなくていい。

そして、

人それぞれのペースで生きていい。

そんな話をしてきました。

でも、

他人との比較を減らしたあとに、

もう一つ気をつけたいことがあります。

それが、

「昨日の自分」と比べすぎることです。

「昨日より成長しなければ。」

「昨日できたことは、今日もできなければ。」

「先週より頑張らなければ。」

「去年の自分より、前に進んでいなければ。」

そんなふうに、

今度は自分自身を、

毎日のように採点してしまう。

これは一見すると、

前向きな考え方に見えます。

他人ではなく、

自分と比べる。

昨日の自分を超える。

少しずつ成長する。

たしかに、

こうした考え方には良い部分があります。

でも、

やりすぎると、

それもまた苦しくなります。

なぜなら、

人は毎日、同じ状態ではないからです。

よく眠れた日もあれば、

あまり眠れなかった日もある。

体調がいい日もあれば、

疲れている日もある。

仕事が順調な日もあれば、

思うように進まない日もある。

気持ちが前向きな日もあれば、

何もしたくない日もある。

それなのに、

毎日同じように、

「昨日より成長したか。」

を確認する。

それでは、

自分の人生を生きているというより、

自分を管理することが目的になってしまいます。

例えば、

昨日はブログを1記事書けた。

だから今日は、

もっと書かなければいけない。

昨日は1時間勉強できた。

だから今日は、

1時間半やらなければいけない。

昨日は運動できた。

だから今日も、

必ず運動しなければいけない。

こうやって、

「昨日できたこと」が、

今日の自分を苦しめる基準になることがあります。

でも、

昨日の自分は、

昨日の体力で生きていました。

今日の自分には、

今日の体力があります。

同じでなくていいのです。

むしろ、

昨日よりできない日があっても、

何も問題ありません。

休むことも、

立ち止まることも、

予定を減らすことも、

早く寝ることも、

その日の自分に必要なら、

大切な選択です。

成長しない日があっても、
人生が後退したわけではありません。

ここを、

忘れないようにしたいところです。

例えば、

一日中何もできなかったとします。

以前なら、

「今日は無駄な一日だった。」

「昨日より何もできなかった。」

「自分はだめだ。」

と考えていたかもしれません。

でも、

本当にそうでしょうか。

もしかすると、

その日は疲れを回復させるために、

必要な一日だったのかもしれません。

休んだから、

次の日にまた動ける。

立ち止まったから、

自分が無理をしていたことに気づける。

予定を減らしたから、

本当に大切なことが見えてくる。

そう考えれば、

「何もしなかった時間」も、

完全な無駄ではありません。

これは、

これまでのSINGLESELFの考え方とも、

つながっています。

何かを増やすのではなく、

必要のないものを減らす。

そして、

生まれた余白を、

自分にとって大切なものに使う。

その中には、

「頑張らない時間」も含まれます。

毎日、

成長し続けなくてもいい。

毎日、

前進しなくてもいい。

毎日、

結果を出さなくてもいい。

それでも、

また戻ってくればいい。

昨日できなかったなら、

今日少しやればいい。

先週休んだなら、

今週また始めればいい。

一度やめてしまったなら、

また戻ればいい。

人生で大切なのは、

毎日完璧につながっていることではありません。

途切れても、また戻ってこられることです。

そして、

もう一つ覚えておきたいことがあります。

「昔の自分」にも、

縛られなくていいということです。

以前は、

もっと頑張れた。

もっと働けた。

もっと挑戦できた。

もっと体力があった。

もっと多くのことをこなせた。

そう思うことがあるかもしれません。

でも、

今の自分が、

昔と同じである必要はありません。

生活も変わります。

環境も変わります。

大切にしたいものも変わります。

だから、

昔の自分を基準にして、

「今の自分は落ちた。」

と考える必要もありません。

昔は仕事を優先していた。

今は家族との時間を大切にしたい。

昔はたくさんの人と付き合っていた。

今は一人の時間を大切にしたい。

昔は何でも挑戦したかった。

今は本当に必要なことだけに集中したい。

それは、

成長が止まったのではありません。

自分にとって大切なものが変わっただけかもしれません。

だから、

「昨日よりできたか。」

だけで、

自分を評価しない。

「昔より頑張れているか。」

だけでも、

自分を評価しない。

もっと大切なのは、

「今の自分は、どう生きたいのか。」

ということです。

他人と比べない。

昨日の自分とも比べすぎない。

そうすると、

ようやく、

誰かより上か下かではなく、

自分にとって、

何が大切なのかを見ることができます。

今日は、

昨日より何もできなかった。

それでもいい。

今日は、

休むことを選んだ。

それでもいい。

今日は、

一つだけ大切なことができた。

それなら、

十分かもしれません。

人生は、

毎日の点数を競うものではありません。

100点の日が続かなくてもいい。

60点の日があっていい。

30点の日があってもいい。

何もできない日があってもいい。

その中で、

また自分の時間に戻ってくる。

それを繰り返していけばいいのです。

誰かの人生を見て、

自分を否定しない。

昨日の自分を見て、

今日の自分を責めすぎない。

そして、

「もっと頑張らなければ。」

だけではなく、

「今日は、これでいい。」

と言える日もつくる。

それも、

自分の人生を大切にするための、

一つの方法です。

比べることを減らすと、
自分の人生に使える時間が増えていきます。

その時間を、

他人に追いつくためではなく、

自分が大切にしたいもののために使う。

それでいいのです。

誰かより早くなくてもいい。

昨日より大きく成長していなくてもいい。

今の自分にできることを、

一つやってみる。

疲れていたら、

休む。

迷ったら、

立ち止まる。

またやりたくなったら、

戻ってくる。

そんなふうに、

自分のペースで、

自分の人生を進めていけばいい。

自分の人生の基準は、
自分でつくっていい。

他人の成功を、

自分の失敗にしない。

他人のペースを、

自分のスケジュールにしない。

そして、

昨日の自分を、

今日の自分を責めるための物差しにしない。

比べることを少し減らした先に、

ようやく見えてくるものがあります。

それは、

「自分は、本当はどう生きたいのか。」

ということです。

その答えを、

他人の中に探さなくていい。

自分の中に、

少しずつ見つけていけばいいのです。

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