毎日更新の裏側で、擦り切れていた私へ。インプットの時間をあきらめない。毎日ブログを書きながら、リアルタイムで「自動販売機型メディア」を組み立てる現在進行形の実験室。

【第1回】なぜ、他人と比べてしまうのか。比較社会から自分を守る技術

【第1回】なぜ、他人と比べてしまうのか。比較社会から自分を守る技術

SNSを見ていると、

自分より成功している人がいる。

楽しそうに暮らしている人がいる。

好きなことを仕事にしている人がいる。

毎日充実しているように見える人がいる。

そんな人たちを見ているうちに、

「自分は何をしているんだろう。」

「もっと頑張らないと。」

「自分は遅れているのかもしれない。」

そんな気持ちになることがあります。

本当は、

誰かと競争しているわけではない。

誰かに負けたわけでもない。

それなのに、

なぜか自分と他人を比べてしまう。

そして、

「また比べてしまった。」

「自分はどうしてこんなに気にしてしまうんだろう。」

と、自分自身を責めてしまう。

でも、

少しだけ見方を変えてみてください。

あなたが弱いから、他人と比べてしまうわけではありません。

今の社会そのものが、

とても他人と比べやすくできているのです。

第1章 私たちは、他人と比べやすい場所にいる

昔は、

他人の生活を知るためには、

実際に会う必要がありました。

友人に会う。

近所の人と話す。

職場の人と話す。

そこで、

「あの人はこんな仕事をしている。」

「こんな生活をしている。」

と知る。

もちろん昔から、

人と自分を比べることはありました。

でも、

今はその量がまったく違います。

スマートフォンを開けば、

数秒で誰かの生活を見ることができます。

SNSには、

誰かの成功。

誰かの旅行。

誰かの収入。

誰かの仕事。

誰かの結婚。

誰かの家。

誰かの趣味。

次から次へと、

他人の情報が流れてきます。

しかも、

私たちが目にするのは、

その人の人生すべてではありません。

多くの場合、

その人が見せたい部分です。

楽しかった旅行。

うまくいった仕事。

完成した商品。

嬉しかった出来事。

きれいな写真。

そうした、

人生の「良い部分」が切り取られて、

目の前に並びます。

一方で、

自分が見ているのは、

自分自身の人生そのものです。

うまくいかない日もある。

失敗する日もある。

何もしたくない日もある。

仕事で落ち込むこともある。

将来が不安になることもある。

つまり、

他人のハイライトと、自分の現実を比べてしまっている。

これでは、

自分のほうが劣っているように感じるのも、

無理はありません。

さらに、

SNSだけではありません。

ニュースを見れば、

誰かの成功が紹介される。

動画を見れば、

「こんな生活をしています。」

という人が現れる。

検索すれば、

自分より詳しい人が見つかる。

仕事をしていれば、

同期や同年代の成果が気になる。

買い物をすれば、

もっと良い商品を持っている人がいる。

気づけば、

生活のあらゆる場所に、

「自分以外の誰か」が入り込んできます。

そして、

比較には終わりがありません。

一人と比べて安心したとしても、

その上には、

さらにすごい人がいる。

収入を比べれば、

もっと稼いでいる人がいる。

フォロワー数を比べれば、

もっと多い人がいる。

仕事の成果を比べれば、

もっと結果を出している人がいる。

知識を比べれば、

もっと詳しい人がいる。

だから、

比較によって「自分は十分だ」と感じようとしても、

なかなか終わりません。

むしろ、

比べれば比べるほど、

自分に足りないものが見えてきます。

そして、

「もっと頑張らなければ。」

という気持ちになる。

でも、

ここで一度、

立ち止まってみてください。

本当に、

あなたに足りないものなのでしょうか。

もしかすると、

「足りない」のではなく、
「他人の基準を見すぎている」だけなのかもしれません。

誰かが毎日投稿しているから、

自分も毎日投稿しなければならない。

誰かが副業で成功しているから、

自分も何か始めなければならない。

誰かが自由に働いているから、

自分の働き方も変えなければならない。

誰かが充実した生活をしているから、

自分も充実させなければならない。

そうやって、

他人の人生を見ているうちに、

自分の人生の基準まで、

他人から借りてしまうことがあります。

これが、

比較の怖いところです。

比較そのものが悪いわけではありません。

誰かを見て、

「自分もやってみたい。」

と思うこともあります。

良い刺激を受けることもあります。

問題なのは、

他人の結果を見たことで、

自分の人生まで否定してしまうことです。

「あの人は進んでいる。」

だから、

「自分は遅れている。」

「あの人は成功している。」

だから、

「自分は失敗している。」

「あの人は楽しそうだ。」

だから、

「自分の人生はつまらない。」

本当は、

そんな関係ではありません。

人には、

それぞれ違う環境があります。

違う価値観があります。

違う時間があります。

違う得意なことがあります。

そして、

違う人生があります。

だから、

他人の人生と、

自分の人生を、

同じ物差しで測る必要はありません。

まず必要なのは、

「比べないように頑張ること」ではありません。

「自分は、今とても比べやすい環境にいるんだ。」

と気づくことです。

そうすると、

少しだけ見え方が変わります。

SNSを見て落ち込んだとき、

「自分はダメだ。」

ではなく、

「今、他人の人生を見すぎているのかもしれない。」

と考えられる。

誰かの成功を見て焦ったときも、

「もっと頑張らないと。」

ではなく、

「これは本当に、自分が望んでいることだろうか。」

と考えられる。

この小さな違いが、

とても大切です。

比較をやめる第一歩は、

自分を強くすることではありません。

自分がどんな環境で、
何を見て、
誰を基準にしているのかに気づくことです。

比べてしまう自分を、

責めなくていい。

まずは、

「比べやすい場所にいる。」

と知る。

そこから、

自分の人生を、

もう一度自分の目で見ていけばいいのです。

第2章 他人の成功を、自分の失敗にしない

誰かの成功を見たとき、

素直に「すごいな。」

と思える日もあります。

でも、

自分がうまくいっていないときほど、

その成功が、

なぜか自分を苦しくさせることがあります。

「あの人は結果を出している。」

「それに比べて、自分は何もできていない。」

「同じくらい頑張っているのに、どうして自分は……。」

そんなふうに、

誰かの成功を見た瞬間、

自分の失敗まで思い出してしまう。

でも、

ここには一つ、

大きな思い込みがあります。

誰かが成功したことと、
自分が失敗したことは、同じではありません。

例えば、

SNSで知り合いが、

「新しい仕事を始めました。」

と投稿したとします。

その人が新しいことに挑戦した。

それは、

その人の人生に起きた出来事です。

そこに、

「だから自分は遅れている。」

という意味は、

本来どこにもありません。

誰かが前に進んだからといって、

あなたが後ろに下がったわけではないのです。

それなのに私たちは、

他人の結果を見た瞬間、

自分の現在地まで評価しようとします。

年収を見て、

自分の収入を考える。

フォロワー数を見て、

自分の発信力を考える。

仕事の成果を見て、

自分の能力を考える。

結婚や家庭の話を見て、

自分の人生について考える。

そして、

「自分は足りない。」

という結論を出してしまう。

でも、

本当にそうでしょうか。

例えば、

同じ会社で働いている二人がいたとしても、

これまで積み重ねてきた経験は違います。

家庭の事情も違う。

使える時間も違う。

大切にしているものも違う。

体力も違う。

目指している場所も違う。

それなのに、

結果だけを並べて、

「どちらが上か。」

と比べても、

あまり意味はありません。

人生は、

同じ条件で競争しているわけではないからです。

それでも、

比較してしまうことはあります。

そんなときに、

無理に、

「人と比べないようにしよう。」

と考える必要はありません。

むしろ、

比較してしまったあとに、

一つだけ確認してみてください。

「私は、本当にその人の人生が欲しいのだろうか。」

ここは、

とても大切な問いです。

例えば、

誰かが会社を辞めて、

自由に働いている。

それを見て、

「自分も自由にならなければ。」

と思ったとします。

でも、

本当に欲しいのは、

会社を辞めることではないかもしれません。

もっと家族との時間が欲しい。

好きな仕事をしたい。

働く時間を少し減らしたい。

人間関係のストレスを減らしたい。

そう考えているだけかもしれない。

誰かの「結果」を見て、

その人と同じ結果を欲しがっていると思い込む。

これも、

比較によって起こりやすいことです。

だから、

他人の成功を見たときは、

「自分も同じようにならなければ。」

と考える前に、

「自分は何に惹かれたんだろう。」

と考えてみる。

収入に惹かれたのか。

自由な時間に惹かれたのか。

好きなことを仕事にしていることに惹かれたのか。

人から認められていることに惹かれたのか。

そこを分けて考えると、

他人の人生から、

自分が本当に欲しいものだけを取り出せるようになります。

これは、

比較をやめるということではありません。

比較を、そのまま自己否定に使わないということです。

誰かを見て、

「自分もやってみたい。」

と思うなら、

それは良い刺激になります。

「こんな生き方もあるんだ。」

と知ることもできます。

「自分もこういうことを大切にしたい。」

と気づくこともできます。

つまり、

他人は、

自分を否定するための物差しではなく、

自分の価値観を知るための参考にもできるのです。

大切なのは、

その人と同じになることではありません。

その人を見たことで、

自分は何を感じたのか。

そこを見ることです。

そして、

もう一つ覚えておきたいことがあります。

SNSなどで見える「成功」は、

その人の人生の一部分です。

成功するまでに、

どれだけ失敗したのか。

どれだけ悩んだのか。

どれだけ時間を使ったのか。

何を諦めたのか。

そうした部分までは、

すべて見えるわけではありません。

だから、

他人の完成したように見える結果と、

自分の途中経過を比べる必要はないのです。

あなたも、

まだ途中なのかもしれません。

それでいい。

途中だからこそ、

これから変わることもあります。

今は結果が出ていなくても、

積み重ねているものがあるかもしれません。

誰にも見せていない努力があるかもしれません。

まだ形になっていないだけで、

少しずつ前に進んでいることもあります。

だから、

誰かの成功を見たときに、

「自分はダメだ。」

と決めつけなくていい。

その人には、

その人の時間があります。

あなたには、

あなたの時間があります。

同じ日に生まれても、

同じ速度で進む必要はありません。

人生は、

短距離走ではないからです。

そして、

そもそも同じ場所を目指しているとも限りません。

誰かが右へ進んでいるからといって、

自分まで右へ行く必要はない。

誰かが速く走っているからといって、

自分まで走る必要もない。

自分が向かいたい場所が別にあるなら、

自分のペースで進めばいい。

SINGLESELFが大切にしたいのも、

こういう考え方です。

他人の成功を否定するのではありません。

他人の生き方を否定するのでもありません。

ただ、

他人の結果を、自分の人生の採点基準にしない。

それだけです。

誰かが100点を取った。

だから、

自分は0点。

そんな計算をしなくていい。

誰かが先に成功した。

だから、

自分は遅れている。

そんな順位をつけなくてもいい。

今日の自分に必要なのは、

他人に勝つことではなく、

自分にとって大切なことを一つ進めることかもしれません。

誰かの成功を見て、

焦ったとき。

落ち込んだとき。

自分が小さく感じたとき。

一度、

こう問いかけてみてください。

「これは、本当に自分が欲しいものだろうか。」

もし違うなら、

手放していい。

もし少し興味があるなら、

自分の形に変えてみればいい。

もし本当に欲しいものなら、

他人と競争するのではなく、

自分の人生の中で、

少しずつ近づいていけばいい。

他人の成功は、

あなたの失敗ではありません。

誰かの人生が輝いているからといって、

あなたの人生の価値が下がるわけでもありません。

誰かの光を見て、
自分の人生を暗いと決めつけなくていいのです。

人はそれぞれ、

違う場所にいて、

違う道を歩いています。

だから、

他人の結果を見るたびに、

自分を採点するのは、

もうやめてもいい。

見るべきなのは、

「誰がどこまで進んだか。」

ではなく、

「自分は、どこへ向かいたいのか。」

なのです。

第3章 SNSの「すごい人」を、自分の基準にしない

SNSを見ていると、

「すごい人」がたくさん出てきます。

毎日発信している人。

大きな会社を経営している人。

副業で大きな収入を得ている人。

好きなことを仕事にしている人。

海外で自由に暮らしている人。

自分にはできそうにないことを、

当たり前のようにやっている人たちが、

次から次へと目に入ってきます。

そして、

そんな人たちを毎日見ていると、

いつの間にか、

それが「普通」だと思えてくることがあります。

「これくらいできて当然なんだ。」

「みんなこれくらい頑張っているんだ。」

「自分も、もっと結果を出さないと。」

でも、

ここで少し考えてみてください。

SNSに流れてくる「すごい人」は、
本当にあなたの人生の基準なのでしょうか。

もちろん、

参考にすることはできます。

刺激を受けることもあります。

「こんな働き方があるんだ。」

「こんなこともできるんだ。」

と知ることで、

自分の可能性が広がることもあります。

問題なのは、

参考にしていたはずの他人が、

いつの間にか、

自分を採点するための基準になってしまうことです。

例えば、

毎日ブログを書いている人を見て、

「自分も毎日書かなければ。」

と思う。

毎日運動している人を見て、

「自分も毎日運動しなければ。」

と思う。

仕事で成果を出している人を見て、

「自分も結果を出さなければ。」

と思う。

こうして、

他人の生活を見ながら、

自分の生活に「足りないもの」を探し始めます。

でも、

その人には、

その人の環境があります。

使える時間も違います。

仕事の状況も違います。

家族との関係も違います。

これまで積み上げてきた経験も違います。

そして、

何より、

その人が大切にしているものと、

あなたが大切にしているものは、

同じではありません。

それなのに、

他人の生活をそのまま基準にしてしまう。

これは、

かなり苦しいことです。

しかも、

SNSで見えているのは、

その人の生活のすべてではありません。

朝から晩まで、

ずっと充実しているわけではない。

失敗することもあるでしょう。

迷うこともあるでしょう。

何もしたくない日もあるでしょう。

それでもSNSに投稿されるのは、

その人が「見せたい部分」であることが多い。

完成した商品。

達成した数字。

楽しかった旅行。

きれいな食事。

嬉しい出来事。

うまくいった瞬間。

それらを毎日見ていれば、

相手の人生が、

ずっと順調に続いているように感じてしまいます。

一方で、

自分は自分の失敗も、

迷いも、

疲れも、

すべて知っています。

だから、

どうしても自分のほうが、

劣っているように見えやすい。

でも、

それは公平な比較ではありません。

他人のハイライトと、
自分の舞台裏を比べているからです。

だから、

SNSで誰かのすごい成果を見たときは、

そのまま自分に当てはめなくてもいい。

「すごいな。」

で終わってもいいのです。

「自分もやってみたい。」

と思ったなら、

自分に合う形に変えてみればいい。

「自分には必要ない。」

と思ったなら、

そのまま流していい。

すべてを自分の課題にしなくていいのです。

これは、

情報を減らすことにもつながります。

SNSを見ていると、

他人の成功を見るたびに、

新しい課題が生まれます。

ブログをやったほうがいい。

SNSを毎日投稿したほうがいい。

動画もやったほうがいい。

資格を取ったほうがいい。

副業を始めたほうがいい。

運動したほうがいい。

勉強したほうがいい。

気づけば、

他人の人生を見ているだけなのに、

自分の「やること」がどんどん増えていきます。

これでは、

自分の人生を生きているというより、

他人の人生から、

やるべきことを借り続けている状態です。

SINGLESELFが大切にしている「引き算」は、

ここにもあります。

他人を否定する必要はありません。

SNSを完全にやめる必要もありません。

ただ、

「他人がやっているから、自分もやる。」

という反応を、

一つ減らしてみる。

誰かが成功している。

だから、

自分も成功しなければならない。

誰かが毎日頑張っている。

だから、

自分も頑張らなければならない。

そんなふうに、

他人を見た瞬間に、

自分の行動を決めなくてもいい。

一度、

自分のところに戻ってくる。

「自分は、本当はどうしたいんだろう。」

と考えてみる。

ここで、

初めて自分の基準が見えてきます。

例えば、

誰かが会社を辞めて自由に働いている。

それを見て、

「自分も会社を辞めたい。」

と思ったとしても、

本当に欲しいのは、

会社を辞めることではないかもしれません。

残業を減らしたい。

家族との時間を増やしたい。

好きな仕事をしたい。

人間関係のストレスを減らしたい。

自分の時間を取り戻したい。

そう考えているだけかもしれません。

だから、

他人の「結果」をそのまま欲しがるのではなく、

「その人の何に惹かれたのか。」

を考えてみる。

すると、

他人の人生をコピーする必要がなくなります。

必要な部分だけを、

自分の人生に取り入れればいい。

これは、

比較から自由になるための、

一つの方法です。

他人を見ることを、

完全になくす必要はありません。

誰かを見て、

刺激を受けてもいい。

憧れてもいい。

「自分もやってみたい。」

と思ってもいい。

ただし、

最後に決めるのは、

自分です。

他人がどれだけ速く進んでいても、

自分が同じ速度で進む必要はありません。

他人が大きなものを手に入れていても、

自分も同じものを手に入れる必要はありません。

他人にとっての成功が、

自分にとっての成功とは限らないからです。

大きな家より、

小さな部屋で静かに暮らすほうが幸せかもしれない。

高い収入より、

自由な時間のほうが大切かもしれない。

たくさんの人に知られることより、

少人数の大切な人との関係を守りたいかもしれない。

正解は、

人によって違います。

だから、

SNSにいる「すごい人」を見て、

自分を小さくしなくていい。

その人は、

その人の人生を生きている。

あなたは、

あなたの人生を生きればいい。

他人を基準にすることを一つ減らす。

それだけでも、

自分の人生に使える余白が、

少し戻ってきます。

そして、

その余白の中で、

「自分は何を大切にしたいのか。」

を考えてみる。

比べる相手を探すのではなく、

自分の基準を探す。

それが、

他人の人生ではなく、

自分の人生に集中するための、

最初の一歩なのです。

第4章 人それぞれのペースで生きていい

他人と比べてしまうとき、

私たちが気にしているのは、

「何を持っているか。」

だけではありません。

「自分は、どれくらい進んでいるか。」

も気になります。

同年代の人が昇進した。

友人が結婚した。

知り合いが家を買った。

誰かが独立した。

同級生が起業した。

SNSを見れば、

自分より若い人が、

大きな仕事をしている。

そんなものを見ていると、

「自分は遅れているのではないか。」

と思うことがあります。

特に、

年齢を重ねるほど、

「そろそろこうなっていないと。」

という感覚が強くなることがあります。

何歳までに結婚する。

何歳までに出世する。

何歳までに家を買う。

何歳までに年収を上げる。

何歳までに何かを成し遂げる。

いつの間にか、

人生には、

決められた順番があるように感じてしまう。

でも、

本当にそうでしょうか。

人生には、全員が同じ速度で進まなければならない理由なんてありません。

人によって、

スタート地点が違います。

育ってきた環境も違う。

持っている経験も違う。

家庭の事情も違う。

仕事の状況も違う。

大切にしたいものも違う。

だから、

同じ年齢だからといって、

同じ場所にいる必要はありません。

それなのに、

私たちはつい、

同じ年代の人を見て、

自分の現在地を判断してしまいます。

「あの人はもう管理職なのに。」

「あの人はもう独立しているのに。」

「あの人は結婚しているのに。」

「あの人は家を持っているのに。」

そして、

「自分はまだ何もできていない。」

と考えてしまう。

でも、

ここでも一度、

考え方を変えてみてください。

「遅れている」のではなく、
「自分のタイミングで進んでいる」だけかもしれません。

例えば、

20代では仕事を優先したい人もいる。

30代で新しいことを始める人もいる。

40代で転職する人もいる。

50代から趣味を仕事にする人もいる。

60代になって、

初めて本当にやりたかったことを始める人もいる。

逆に、

若いうちに大きな結果を出した人が、

その後ずっと順調とは限りません。

早く始めた人が、

必ず幸せになるわけでもありません。

遅く始めた人が、

必ず不利になるわけでもありません。

人生は、

一度きりの競争ではないからです。

途中で方向を変えることもできます。

休むこともできます。

戻ることもできます。

やり直すこともできます。

だから、

「今の年齢なら、これくらいできていないと。」

という基準に、

自分を無理やり合わせなくてもいい。

もちろん、

目標を持つことは悪くありません。

「いつまでに、これをやりたい。」

と決めることも大切です。

ただし、

その目標が、

自分の望みなのか。

それとも、

周りから見て、

「そうするべきだ。」

と思っているだけなのか。

ここは、

一度分けて考えてみる必要があります。

例えば、

「もっと稼がなければ。」

と思ったとします。

でも、

本当に欲しいのは、

お金そのものではないかもしれません。

将来の不安を減らしたい。

家族を安心させたい。

好きなことに使える時間が欲しい。

会社に縛られない働き方をしたい。

そういう気持ちが、

「もっと稼がなければ。」

という言葉になっているのかもしれません。

だったら、

他人より高い収入を目指すことが、

唯一の答えではありません。

生活費を見直す。

不要な支出を減らす。

働き方を変える。

小さな収入源をつくる。

自由な時間を増やす。

自分にとって必要なところから、

考えていけばいい。

他人が選んだ方法と、

自分が選ぶ方法が、

同じである必要はありません。

「普通」に合わせることを、

一つ減らしてみる。

それだけでも、

人生は少し楽になります。

そして、

ここで注意したいのが、

「自分のペースでいい。」

という言葉を、

何もしなくていい理由にしないことです。

自分のペースとは、

諦めることではありません。

他人の速度に合わせるのをやめて、

自分に必要な速度で進むことです。

今日は一歩進む。

明日は休む。

週末に少しだけ進める。

それでもいい。

毎日全力で走る必要はありません。

むしろ、

自分の生活に合わせたペースのほうが、

長く続けられることがあります。

例えば、

ブログを書きたいと思っているとします。

SNSでは、

毎日投稿している人がいる。

毎日記事を書いている人もいる。

毎日何時間も作業している人もいる。

それを見て、

「自分も毎日やらなければ。」

と思う。

でも、

仕事をしながら、

家族との時間も大切にしながら、

一日30分しか使えないなら、

30分でいいのです。

週末にまとめて時間を取る方法でもいい。

週に一記事でもいい。

大切なのは、

他人と同じペースで進むことではありません。

自分の生活の中に、無理なく続けられる形をつくることです。

他人のペースを基準にすると、

できない日は、

「自分はダメだ。」

となります。

自分のペースを基準にすると、

できない日は、

「今日は休む日だった。」

と考えられる。

そして、

また次の日に戻ればいい。

この違いは、

とても大きいものです。

人生で本当に怖いのは、

一日休むことではありません。

他人に追いつこうとして、

無理をし続け、

自分が何をしたかったのか、

分からなくなってしまうことです。

だから、

ときには立ち止まっていい。

周りが走っていても、

自分は歩いていい。

周りが何かを始めても、

今は始めなくていい。

周りが大きな結果を出していても、

自分はまだ準備をしていていい。

もちろん、

「準備し続けること」が、

逃げになっている場合は、

そこから一歩出る必要があります。

でも、

その一歩も、

他人と同じ大きさである必要はありません。

自分にできる一歩でいい。

人生には、

早い時期にしかできないこともあります。

一方で、

時間を重ねたからこそ、

できることもあります。

若いときには、

見えなかったものがある。

経験したからこそ、

分かることがある。

失敗したからこそ、

選ばなくなったものもある。

遠回りしたからこそ、

本当に大切なものが見えることもある。

だから、

これまでの時間を、

「遅れてしまった。」

だけで片づけなくていい。

その時間も、

今の自分をつくっている一部です。

他人より早いか、

遅いか。

そんなことより、

「自分は、この先どう生きたいのか。」

を考える。

そこに、

自分の人生の基準があります。

もし今、

周りを見て焦っているなら、

少しだけ画面を閉じてみてもいい。

誰かの現在地ではなく、

自分の現在地を見る。

そして、

こう問いかけてみてください。

「今の自分にとって、

本当に大切なのは何だろう。」

仕事かもしれない。

家族かもしれない。

健康かもしれない。

新しい挑戦かもしれない。

ゆっくり休むことかもしれない。

まだ何も決まっていなくても、

大丈夫です。

すぐに答えを出す必要もありません。

他人の人生を見ながら、

自分の人生を急いで決めなくていい。

誰かが先に進んでいても、

あなたの道が消えるわけではありません。

誰かが大きな結果を出していても、

あなたの可能性が小さくなるわけでもありません。

人には、

それぞれの季節があります。

進む時期。

休む時期。

準備する時期。

挑戦する時期。

立ち止まって考える時期。

どの時期も、

人生の一部です。

だから、

他人の時計を見て、

自分の時間を急かさなくていい。

あなたには、あなたのペースがあります。

そのペースを守ることは、

怠けることではありません。

自分の人生を、

自分で生きるということです。

比べることを減らしていくと、

少しずつ、

「みんなはどうしているか。」

ではなく、

「自分はどうしたいか。」

という問いに戻れるようになります。

そのとき、

人生の速度を決めるのは、

周りではなく、

自分になります。

早くなくてもいい。

大きくなくてもいい。

人と違ってもいい。

自分が納得できる方向へ、

自分のペースで進んでいけばいいのです。

第5章 昨日の自分とも、比べすぎない

ここまで、

他人と比べなくていい。

他人の成功を、

自分の失敗にしなくていい。

自分には、

自分のペースがある。

そんな話をしてきました。

でも、

ここで一つ、

もう一つ減らしてみたいものがあります。

それは、

「昨日の自分との比較」です。

「昨日より成長しなければ。」

「去年の自分より、もっとできるようにならなければ。」

「毎日、少しずつ前進しなければ。」

こう考えることは、

一見すると、

とても前向きに見えます。

もちろん、

成長したいと思うことは悪いことではありません。

新しいことを覚える。

できなかったことができるようになる。

昨日より少し前に進む。

そうした積み重ねは、

自分の人生をつくっていきます。

でも、

それがいつの間にか、

自分を追い込むための基準になってしまうことがあります。

昨日できたことが、

今日できなかった。

先週は毎日運動できたのに、

今週はできなかった。

以前は毎日ブログを書けたのに、

今は書けない。

すると、

「自分は後退している。」

と思ってしまう。

でも、

本当にそうでしょうか。

人には、

調子のいい日もあれば、

そうではない日もあります。

体調が悪い日もある。

仕事が忙しい日もある。

家族のことで時間を使う日もある。

何となく気持ちが乗らない日もある。

何もしたくない日だってあります。

そんな日にまで、

「昨日の自分に負けている。」

と考えなくてもいいのです。

人生は、

毎日同じ条件で行われる競争ではありません。

昨日は元気だった。

今日は疲れている。

それなら、

今日の自分が昨日と同じように動けなくても、

当然です。

それなのに、

毎日同じ成果を求めてしまう。

これも、

ある意味では、

自分との比較になっています。

他人と比べることをやめたのに、

今度は、

「理想の自分」と、

現在の自分を比べ続ける。

そして、

「まだ足りない。」

「もっとできるはず。」

と自分を追い込んでしまう。

だから、

成長することと、

自分を責めることを、

一度分けて考えてみてください。

成長したいと思うことと、
今の自分を否定することは、別の話です。

今日は何もできなかった。

それでもいい。

昨日より進めなかった。

それでもいい。

一週間、

思うように動けなかった。

それでも、

人生が終わるわけではありません。

また動ける日に、

動けばいい。

この考え方を持っていると、

「休む」ということの意味も変わってきます。

休むことを、

「何もしていない時間。」

と考えるのではなく、

「今の自分に必要な時間。」

と考えることができるようになります。

例えば、

仕事から帰ってきて、

今日はブログを書くつもりだった。

でも、

疲れていて何もできない。

そこで、

「また今日もできなかった。」

と自分を責める。

それよりも、

「今日は休んだほうがいい。」

と判断する。

そして、

次の日に戻る。

それでいいのです。

大切なのは、

毎日完璧に続けることではありません。

自分の状態を見ながら、
また戻ってこられることです。

これは、

これまでのSINGLESELFの考え方ともつながっています。

100点を毎日取る必要はない。

60点の日があっていい。

30点の日があってもいい。

何もできない日があってもいい。

そして、

また次の日に、

できることを一つやる。

人生全体で見れば、

一日の差なんて、

それほど大きなものではありません。

むしろ、

「毎日成長しなければ。」

と自分を追い込み続けることで、

本当に大切なことまで嫌いになってしまうほうが、

もったいない。

ブログを書くことが好きだったのに、

「毎日書かなければ。」

という義務になってしまう。

運動が好きだったのに、

「昨日より長く走らなければ。」

という競争になってしまう。

勉強が楽しかったのに、

「毎日必ず進めなければ。」

というノルマになってしまう。

こうなると、

本来は自分の人生を豊かにするためのものが、

自分を苦しめるものに変わってしまいます。

だから、

「続けること」だけを、

いつも正解にしなくていい。

力を抜くことも、

立ち止まることも、

やり方を変えることも、

大切な選択です。

そして、

もう一つ大切なのは、

「昔の自分」にも縛られないことです。

以前はもっとできた。

昔はもっと元気だった。

昔はもっと仕事ができた。

昔はもっと頑張れた。

そうやって、

過去の自分を基準にして、

今の自分を評価する必要もありません。

人は変わります。

環境も変わります。

大切にしたいものも変わります。

だから、

昔の自分と同じである必要はありません。

過去の自分を超えることだけが、

成長ではないのです。

以前よりも、

無理をしなくなった。

必要のないものを断れるようになった。

休むことを許せるようになった。

自分に合わないものを手放せるようになった。

それも、

立派な変化です。

外から見ると、

何も成長していないように見えるかもしれません。

でも、

自分の人生を自分で選べるようになったなら、

それは大きな前進です。

だから、

成長を、

数字だけで測らなくていい。

収入。

フォロワー数。

仕事の成果。

知識。

体力。

そうしたものだけでは、

人生の変化は測れません。

以前より、

自分の時間を大切にできるようになった。

以前より、

人の目を気にしなくなった。

以前より、

必要のない付き合いを減らせるようになった。

以前より、

「自分はどうしたいか。」

を考えられるようになった。

それも、

自分の人生にとって大切な成長です。

だから、

今日の自分を、

昨日の自分と比べなくてもいい。

昨日よりできなかったとしても、

自分を責めなくていい。

昨日より進めなかったとしても、

それだけで後退したわけではありません。

今日は、

今日の自分に必要なことをする。

休むなら、

休む。

進むなら、

進む。

考えるなら、

考える。

そして、

また動けるときに動く。

そのくらいのペースでいいのです。

他人との比較を減らし、

他人の基準を減らし、

さらに、

「昨日の自分」という基準まで少し手放してみる。

すると、

ようやく、

今の自分を見ることができます。

「今の自分は、何を大切にしたいのか。」

「今の自分には、何が必要なのか。」

「今の自分は、どんな時間を過ごしたいのか。」

こうした問いが、

少しずつ見えてきます。

比べる相手を減らす。

評価する基準を減らす。

そして、

自分を急かすことも減らす。

そうやって余計なものを引いていくと、

最後に残るのは、

「自分はどう生きたいのか。」

という、

とてもシンプルな問いなのかもしれません。

次は、

その問いに向き合ってみましょう。

他人でもない。

世間でもない。

過去の自分でもない。

自分の人生を決める基準は、
自分でつくっていいのです。

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